長編

□休憩
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普段一般の人が入る事ができないカーテンをそっと開けて中を覗き込む。汗と熱気が名無しさんの鼻を刺激する。
忙しなく動く人達を目で追いながら、カメラを持ったスタッフなどに次々と挨拶をしていく。
ななしさんの娘である旨、暫く世話になる旨を話し、皆に優しく受け入れてもらい名無しさんは安堵した。

「まさかななしさんさんにこんな可愛い娘さんがいるなんてな!」

「いやそんなそんな・・・。」

「そんな可愛い名無しさんちゃんに、一個カメラマンとしてもポイントを教えて上げるよ。」

「わ、それは有り難いです!是非教えて下さい!」

「それはな・・・選手と仲良くなることだ。」

「・・・選手と、仲良く。」

「選手と仲良くなれば、決め技だったりボージングだったりで目線をくれたり、カメラを向いてくれたりするんだよ。嫌われてるカメラマンはいい良い写真は撮れないからな。」

「なるほど。おっしゃる通りです。」

ま、名無しさんちゃんは大丈夫だと思うけどな、と笑いながら名無しさんの頭をポンポンと撫でる。
女は受け入れて貰えない世界かもしてないと覚悟していた名無しさんは、アドバイスを貰えて上機嫌になっていた。
選手と仲良くなる。
この一言を胸に色んな人に挨拶に向かう。



と、早速向かい側から黒いジャージを着た集団が歩いて来た。いきなりハードル高い集団に出会ったなぁと思う名無しさんであったが、挨拶をしない訳にはいかない。
その集団の中心人物。頭に剃り込みが入った鈴木みのると目が合う。

「あれ、珍しく可愛い子がいる。」

「あ、さっきお姫様抱っこされてた女の子ですよ。」

鈴木の後ろにいたタイチが顔を出す。と、同時に飯塚も名無しさんに近づいて来た。

「先程は驚かせて申し訳なかった。」

試合の時の雰囲気とは違い、深々と頭を下げる飯塚に驚きながら頭を上げる様に促す名無しさん。

「怪我もないし大丈夫です!寧ろ滅多にできない経験ができて楽しかったです!」

優しい笑顔を見せる名無しさんに何人の男が心を動かされたか。鈴木がニヤリと笑う。

「いいね。俺、強い子好きだよ。君、名前は?」

「ななしさん名無しさんです。今度からカメラマンとしてお世話になります。」

「ああ、ななしさんさんのね。なるほど、強い訳だ。」

くくくと喉を鳴らして笑う鈴木。タイチ達は他の人達同様、父親との差に驚きながら、手を出すことを躊躇した選手もいた。

「気に入ったよ。名無しさん。試合中とは言え、危険な行為に巻き込んだお詫びもあるし、今度ご飯にでも行こうか。俺達、鈴木軍と。」

鈴木軍全体と!それは凄い迫力だなと思い、名無しさんは自分がその集団の中にいることを想像して思わず吹き出した。
食事に誘って笑われた経験のない鈴木は驚き、周りの人達と目を見合わせた。

「凄く光栄です!自分が鈴木軍の中に居るのを想像したら余りに浮いてて・・・私も黒い服着ていった方がいいですかね?」

予期せぬ提案に一瞬理解するまでに間があり、鈴木が一番に高らかと笑った。

「いいね、最高だよ名無しさん。ますます気に入った。」

鈴木の顔が名無しさんに近づき、その迫力に思わず足が一歩後退した。その反応を見た鈴木は名無しさん両肩を掴かみ口の端を上げる。片方の手を外し、顎へ添える。

「全部、俺の物になれ。」

俺の物?とは?と目をパチパチとする名無しさん。周りにいたスタッフ達がざわめく。
と、名無しさんの背中に何かが当たった。



「はい、スズキさんストップ。公共の場でナンパは勘弁して貰っていいですか。」

声がする上へ顔を向けると、オカダが名無しさんの後ろに立って見下ろしていた。





スタッフの中でゴングが鳴った。








つづく




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