ゆのかほ

□一番怖いもの
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「ただいま」






玄関でそう言うといつもならパタパタと聞こえてくるはずの足音が聞こえない。




足音どころか、返事すら返ってこない。








「香穂子?」








リビングに足を進めると、カーペットの上で寝ている香穂子を見つけた。






「香穂子、こんな所で寝るんじゃないよ。
ほら、起きて。」






近づいて髪を撫でてみるが、返事がない。







「…香穂子!?
おい、大丈夫か!?」






身体を揺すってみるが返事がない。


香穂子の顔をよく見れば、血色がない。


寝てるのではなく、倒れているのか。


救急車を呼んだ方がいいのか。


最悪な事態が頭をよぎり心臓が跳ねる。






不安になりつつ、とにかく目を開けて欲しい一心でもう少し強めに揺すってみる。








「香穂子!
聞こえるか?」






「……ん………あずま、さん…
おかえりなさい…」





「香穂子!
…よかった……大丈夫か?」





「うん、なんだか身体が怠くて、少し横になったら寝ちゃったみたい。」






「そうか…」







目が覚めてよかった…
安心したら、急に心臓が、ぎゅうっと締め付けられた。






もし、あのまま香穂子の目が覚めなかったとしら、俺はどうなっていただろうか。





もし、目の前から香穂子がいなくなったら、俺は……







そんな考えたくもない“もしも”を想像するとゾッとするが、考えずにはいられない。







それ程、怖かったのだ。







柚木は堪らず、香穂子を抱きしめた。








「梓馬さん…?
どうしたんですか……?」







倒れるように寝ていた香穂子は柚木が何度も起こしたことを知る由もないが、そんなことは今はどうでもいい。







「………頼むから、どこにも行かないでくれ。」






「??
…はい、どこにも行かないですよ?
ずっと、ここにいます。
梓馬さんの、傍にいます。」







「…ああ。
俺もだ、香穂子。」







俺にとって一番怖いものとは、香穂子がいなくなることだと、改めて実感したのだった。

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