ゆのかほ

□First love
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俺がこんなにも本気で好きになる女なんていないと思っていた。



そいつは馬鹿が付くほど真っ直ぐで、飾らない笑顔で、俺と向き合ってくれる。



どんなに完璧に笑顔を貼り付けても、どんなに意地悪な言葉を投げかけても、すぐに本当の俺を見つけてしまう・・・。







First Love







「柚木先輩・・・!遅くなってすみません・・・!」



「俺を10分も待たせるなんていい度胸してるじゃないか。」



朝から騒がしく駆け寄って来るのは俺の彼女、日野香穂子。



この俺がよりによってこんなやつを好きになるとは誰が想像できただろうか。




「だって、洋服選ぶのに時間がかかっちゃって・・・」



そう、今日は久しぶりのデート。


しばらく俺が受験だのなんだの忙しくしていたせいで、香穂子とは学院でしか会えなかったのだ。


しかも普通科と音楽科だから校舎も遠く、会おうと思わない限りすれ違うこともほとんどない。


だからここしばらくは昼休みに屋上でご飯を食べて、放課後は練習室で会うのが唯一香穂子と居られる時間だった。




「全く、洋服なんて何でもいいだろ。」



「・・・・・柚木先輩にちょっとでも可愛く思われたかったから一生懸命選んだのに・・・」




俺はこいつを目の前にすると苛めてしまいたくなる。



何でかって・・・・・・可愛いから。



今も口を尖らせてしゅんとしている。




「ふっ・・・ほんとお前馬鹿だな」



「何よ・・・!いつも人のこと馬鹿馬鹿言って!馬鹿って言うほうが馬鹿なんですー!」



「・・・そんな風に着飾らなくたって可愛いって言ってるんだよ。馬鹿。」



「・・・!」




かぁぁと赤くなる香穂子。



そんな姿も可愛い。



まぁ、滅多にこんなこと言ってやらないけどな。


・・・時間はまだまだたっぷりあるんだ。


一生かけて少しづつ、伝えていくんだ。


当の本人はきっと一生俺と居られるとは思っていないだろうけど。


実は今日はそれを伝えに来たんだ。




「ほら、行くぞ。」



手を繋ぐため右手を差し出すと、びっくりした表情の香穂子。


それはそうだ。


ここは星奏学院の最寄り駅。


俺は家のために学校では香穂子との中は秘密にしている。


だから今までは学校や近所で会う時は、ただコンクールで知り合った仲のいい先輩後輩として接していたんだ。




「・・・いいんですか?こんなところで。」



「今日はいいんだよ、ほら、早く。」




顔を赤らめ、嬉しそうに笑顔を向けながら手を取る香穂子。


こんな姿を見られたなら、頑張った甲斐もあったというもんだ。




受験は数ヶ月前、とうに終わっている。


こんなにも長い期間忙しかったのには訳がある。


音楽の道を進むにも、これからも香穂子と一緒にいるにしても、家の問題を片付けなければいけなかったからだ。




「柚木先輩とこんな風に手を繋いで街を歩けるなんて、夢みたいです。」




少し俯きながらそう言う彼女。


隠してるつもりなんだろうが、赤くなった顔は丸見えだ。




「たまにはいいだろう?こんな風にデートを楽しむのも。」




香穂子が俯いたのは恥ずかしさを隠すためでもあるが、瞳に溜まった涙を隠すためでもあった。


彼女には柚木との関係に終わりがあると分かっていたのだ。


そのうち柚木はおばあ様の御眼鏡に叶う相手と婚約し、結婚するのだろう、と付き合った時から覚悟をしていた。


自由な生活が出来るのは高校生まで、そう決まっていたからだ。


今は春休み。


あと二週間ほどで柚木は大学に進学してしまう。


そうなれば、この関係も終わりだ。


柚木が今日こんなにも優しいのは、終わりが近づいている証拠だ。




「さぁ、今日は俺の行きたいところに付き合ってもらうよ、香穂子。」




涙を押さえ込んだ香穂子は、満面の笑みでふたつ返事をした。






まず柚木に連れて来られたのは、洋服屋さん。


好きな服を選べ、と言われ値札を見てみたが、香穂子が見たこともない数の“0”が並んでいた。




「先輩、私こんな高い服もらえないです・・・。ジュースでも零したら・・・。」


「いいから選べ。あとジュースを零すのは小学生までにしておけ。」




口ではこんなことを言っているが表情は優しいもので、香穂子は観念して選ぶことにした。




「あぁ、でも動きにくそうな服はやめておけ。あと少し色があるものにしろ。」


「・・・?分かりました。」




柚木が選ぶ服はいつも動きにくい服ばかりで、色も白やクリーム色を基調としたものばかりだったので少し疑問に思ったが、特に気にすることもなくそうすることにした。








30分くらい悩んで香穂子が選んだのは、薄い紫のワンピースに、白いカーディガン。


試着室から出てきた香穂子を見た柚木は、思わず見惚れた。




「・・・柚木先輩・・・?あの、これじゃまずかった・・ですか?」


「・・・・・・あぁ、いや・・・あぁ。」


「何ですかその微妙な反応・・・違うの選んできます。」


「香穂子。」


「はい?」


「・・・・・・綺麗だ。」


髪を一束手に取られ、そんなことを言われては、顔を真っ赤にする以外なかった。


ましてや普段は散々毒づいてる柚木のことだ。


もちろん根は人一倍優しいと分かっていながらも、こんなことを素直にあまり言われたことがなかったので、また涙が出そうになってしまう。


こんな幸せな時間が柚木とすごせるのは、今日で最後かも知れない。


だが、最後は笑ってさよならをする、と決意を決めていた香穂子は涙を押し込む。




「・・・ありがとうございます。・・じゃあ・・あの・・これを、お願いします。」




今日の香穂子はおかしい。


柚木は気づいていた。




今すぐにでも言ってしまいたい言葉を飲み込んで、次の場所へと向かった。
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