長編夢

□#13 幼
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#13 幼

シューっと煙の音がする。
同時に秒針の音。

それ以外は、静かな空間。


「っ、、」

「目、覚めたか」

目を開けると黒尾鉄朗がいた。


「ここは」

「救護室」

「なんで」

黒尾の顔が曇る。

「とりあえず、救護員呼んでくる」

「うん」
という前に黒尾は部屋を出て行った。

記憶が、定かではない。
あの後、、

あ、

そっか。


試合して、

最後のセットポイントで、

ぶつかったんだ、、、

「はは」

それで気絶してこのザマか


ーーコンコン
扉をノックする音がした。

「入るわね」
そういってやってきたのは、

「!!」

か、か、

「香ッ!」

思わず声に出てた。

ガッと口を覆うが後の祭りで、
一瞬考えた目の前の女性が口を開いた。

「ごめんなさい。潔子です」

「あ、いや、その、、」

「ゆめさん、ね」
真っ直ぐ、無表情で名前を呼ばれる。

「はい」

参った、まさかこんな形でバレるとは、、、

「大丈夫」

「へ」

「香から聞いてる。

だから、安心して。バラすつもりはない。」

それは予想外の言葉だった。

ホッと胸を撫で下ろすゆめだが、

「だけど」

案外、神様は残酷だ。

「右腕、骨折」

、、、え

その後は、ごめん、
潔子の話なんて耳には入るわけなく、

一通り説明終えた彼女は
黙って、無表情で、部屋を後にした。


ーーシュー、シュー、
窓際に設置された加湿器が静かに煙を吐き出す。


「ゆめ」

呼ばれてはじめて人がいることに気づいた。

「テッちゃん」

馴染みの顔。
すっかり忘れていた。

でも、
呼ばれてすぐ思い出した。

「ああ、久々だな。」

ベット際に座りこみ、優しげな表情でゆめを見る黒尾鉄朗。

ゆめの古い幼馴染だ。


ゆめは、
父の仕事の関係上、幼い頃から海外と日本を往き来する生活をおくっていた。
そのため、なかなか友達ができなかった。

そんなとき、

「おい」

1匹の黒猫だけが唯一の友達で居てくれた。

「俺は鉄朗」

「て、てつ、、」

「お前、日本語出来ないの?」

「?」

「、、、テッちゃん、だ」

「て、てっちゃん」

「おう、テッちゃん、だ」

「テッちゃん!」

そう言ってニカっと屈託ない笑顔を向けた。

それからはずっと黒尾と一緒にいた。
四六時中何処にいても、黒尾の側を離れなかった。

学校が始まってからも
面倒見のよい黒尾はゆめに会いにいった。

黒尾にとってゆめは、
初恋だった。


「ゆめはね、大きくなったらテッちゃんのお嫁さんになるの!」

「あっはは!ゆめはお嫁さんってガラじゃねえよ!」

「ぶうう!テッちゃんの意地悪!」
そう言って頬を膨らますゆめ。
その膨らんだ頬を突いて黒尾は少し歯切れ悪く、

「だ、だから、お前みたいなブス、俺がもらってやるよ!」

耳を真っ赤にしてそっぽを向いた。
そのときの顔は夕陽のせいなんだとゆめはなんとなく思って笑った。

そんな小さな恋のおはなし。
だが、

その後すぐに、
またゆめの父親の転勤が決まった。

当時5歳だったゆめは、
結局黒尾に別れを告げることなく、日本から離れていった。


ーーそれから、現在に至る。



「テッちゃん、気づいてたんだね」

「まあ、最初は一瞬分かんなかった」

「15年だもんね」

「だな」


「、、、テッちゃん」


「、、、」


「っテ、、、っ、、テッちゃんっ、、」


傍らで泣き噦る幼馴染にかける声なんてなく
ただただ、その背中を摩ることしか出来ない黒尾だった。
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