掌編

□間違い1
2ページ/3ページ


 人生が最悪になってしまったのは、どこからだろう? 
変な宗教集団の車と接触事故を起こして、
散々怒られるまでは良かった。
よくはないけれど、殴られたって、慣れているし、罵倒だって慣れている。

ただ、そう。
私は抱きしめられたことも、優しく甘やかされたことも無い。無いものは、無いわけで、それはずっと無い。
無いものに、耐えるだけの免疫すらない。


「すみませんでした!」
軽い怪我で数週間入院した病院の中で、ビデオレターを見た。運転してたハゲが、私に謝ってたの。
「こんなことになってもあなたは優しい方でした」

 
ただ謝罪だけすればいいのにね。
ぞわぞわと、嫌悪が湧き上がって、それは怒りのような、初めての抵抗感に変わった。
これがなんていう気持ちなのか、誰も教えてくれなかったけど、私はもしかしたら異常者なのかもしれない。こんな気持ち、知らない。
他人が持つ、優しい、好意、知らない。
私はこんなものを知らないから、そう、うるさかったのね。

「いやあああああああああああ!!!」

耳を塞いで、蹲ったの。

「好き」とか「優しい」とか、
とても、わけのわからない単語で、
生まれて初めて私、テレビを叩き割りそうになった。看護師さんが怯えていた。
不快感、不快感、不快感、不快感。
心がぐらぐら揺さぶられて、身体を掻き毟った。
お母さんが、最後まで見なさいって言った。貴方のために貴方に伝えたいみたいだから、失礼よって言ったからそれを見たの。
とてもにこにこと、笑顔で、渡して来たから。
後にその笑顔が、悪魔に見えた。
こんなものを、あと5分も見なくちゃいけないの?
「きゃあああああああああ!!」
私は、ホラービデオのように、布団にもぐりこんで、時間が経つのを待った。耐えた。
なんで、ああいう優しそうなものが耐えられないのだろう。
「もういや、もういや、恐い……こわい……」

耳を塞いだままでいたら、ビデオが終わってお母さんが部屋に戻ってきて、ちゃんと見ていたか聞いた。
私は寝たふりをしてもまた見せられるだけだと思い、掻き毟った腕を見られないように布団に隠れて頷いた。

「問題も一時解決したし、これからは、みんなが優しくしてくれるわ」

眠くなったと思ってくれたのか、お母さんは特に気にした様子もなく優しい言葉をかけて、病室から出て行った。
一人になった部屋で、ゆっくり深呼吸した。
ビデオレターでも、耐えるのが辛かった。
好意って、あんなにいらいらして、耐え難くて、私には無いものなんだ・・・・・・
あんなものを、向けられ続けたら、私はどうなるのだろう。

お母さんは、私が愛されれば解決だと思っているから、あんな安心しているんだろうけれど……
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ