掌編

□5分だけの気持ち
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 実在の人物で、数分前の記憶が無いという症状は知っているだろうか。次の日の記憶がない人も居るかもしれない。

そんな感覚で聞いて欲しい。
僕は、記憶が5分しか持たない。

特に『好きだ』という記憶が。
可愛い子に告白されたって、5分したら『やめよう』と思ってしまう。

それはどんな子でもそうだし、なにがあったってそう。

本気なのは5分だけなのだった。

原因はわからない。
頭のなかで、なにかが弾けてしまったようだ。

5分前は本気でも、5分後には覚えていないもんだから、平気でデートをすっぽかせる。



 あんなに本気だったじゃない!

と10分前に別れた彼女に怒鳴られてもなんにも響かないのだった。
僕が、本気?

そんなわけはない。
そう、いつも信じて疑わない。

僕に好きな食べ物はなく、強いて言うなら美味しければ好き。
僕に嫌いな相手はなく、強いて言うなら、騒がしくないなら好き。
僕に長い執着はなく、だけど言うなら、5分間ある。


しかし僕は別に不自由しなかった。したことがない。面接官に数分好意を持ち、面接をするくらいならやってのけるし、愛情を持たなくともまかされた生物係の当番を跳ねたりはしないで水と餌やりを毎日こなせた。


 5分前の好意を、おもいだそうとしたことがある。
思い出そうとしたらいつも頭がずきずき痛んで、さらには苛立ち、さらにはそんなわけがないだろうに、何を言いがかっているのか呆れてしまう。
毎日『不快な気分になったら押すように』と油性ペンで書いたストップウォッチを持ち歩いて、告白されたときにはポケットから取り出してボタンを押すようにした。

その始まりを、別にメモしてあり、終わりの平均というのが 冒頭の5分である。


そして好きだと言われたら、どんなに5分のうちは好きでも、僕は断りをいれ、5分が過ぎるのを待つのだ。





5分しか興味を抱かないので5分で終わるアニメのキャラクターには好感を持てても、人間だとそうはいくまい。

「おはよう! 5分くん」
「ああ、おはよう、知抄」
教室で話しかけてくるクラスメイトに笑顔を返す。そんな短い時間だけが、僕の好意。


放課後、教室で話しかけてくるクラスメイトに笑顔を返す。

「さよなら、5分くん」

「じゃあね、知抄」

クラスメイトが、僕になにやら好感を積み重ねていようと、僕はその日の5分のあいだの好意で、クラスメイトに接する。短い、日毎に終わる好意との差は、だんだんずれていく。

「……やけに、高いテンションで話す子だな」

僕は、放課後の教室で一人本を読む。
夕日がゆっくり、夜に向けて降りて行くなか、ギリギリの下校時刻まで、そこにいる。

ある日の放課後、知抄に呼び出された。

「あのねっ、私5分君が大好きだよ」

「ありがとう。でも僕はそういうの、断ってるよ。勉強で忙しいんだ」


5分たてば、明日も
僕は独りだ。





いつもと変わらずストップウォッチを握りしめて、僕は心のなかでカウントを始める。

「どうして? あんなに、親しく挨拶をしてくれるのに」

1分。彼女は戸惑いながら言う。

「5分君は、私のことが嫌い?」

2分。彼女は悲しそうに言う。

「友達でもいいの」
3分。彼女はすがるように言う。

バカだな。
僕は、友達以上に、君を傷つける役目になる。

「私、待ってるから、勉強のじゃまなんてしないよ?」

4分。
あぁ、そろそろだ。
僕は頃合いを見計らい口を開いた。

「きみが、邪魔なわけではないんだよ」

さよなら。
さよなら。
さよなら。
5分。



「そのストップウォッチ、なに? 私の話、退屈だったの?」

「そうかもね」

僕は、笑顔で答える。
可愛い子だったが、なぜ僕とこんな裏庭で話してるのかが解せない。

「で、なんの話をしてたっけ」


また明日も、学校で会おうね。
僕は手を振る。
彼女は5分くんってイジワル、ドS!と、真っ赤な顔で怒る。

知らないあいだにドS認定されていた。



「また、5分、なくしたな」

ストップウォッチをリセットし、僕は彼女の「おはよう!」を何度も思い出した。


さよなら。


 雨の日。

ただの友達だった子から言われた言葉。

「そういう逃げは酷いと思うよ」

今日も餌やりをかかさない僕の後ろで傘をさしながら、その子は何も知らないで僕を責め立てている。

「逃げって決めつけよりは、酷くないと思うけど」

僕はおどける。

「私の好きな子なんだがね」

それが、僕になんの関係があるのだろう?
その日からこいつは、友達以下になった。

「5分君、好きでもないなら、たぶらかさないでくれないか」


どうやらきっと僕の5分は、感情のうちに入らないらしい。



さよならだけ、さよならだけが、僕なんだ。
きみには一生わからないだろ。

「きみが、代わりに幸せにしてやれよ」

 僕はクラスが飼っているうさぎを、そっと抱き上げる。
ふわふわした重さ。
それは、どんな言葉よりも重量を持ってるらしい。

雨がふる。
雨がふる。
雨がふる。

「ほら、ポチ、飯だよ」

ふっと笑った僕に、そいつは「そんな顔もできるじゃないか」と、呆れていた。
「どうしてその目を向けてやらない? どうしてその態度で接してやらない? どうして」

「責任を持って飼えないから。僕が殺すから」


世話を続けて5分たつ。その頃には、そいつなどどうでもよくなっていた。

僕はポチにいつも通り、くんできた水を与え、背中をなでた。
 灰色の空のしたで、僕は傘もささないで、今日は少し冷えるねとポチに話しかける。

なんでさっきのやつに不機嫌だったのか、僕はよくわからないまま、言われた言葉を思い出す。


「そういう逃げは酷いと思うよ」
「好きでもないなら」

僕は、こいつのことが嫌いだと思った。
死ね、と言われたような重さ。
死ね、死ね、死ね、


僕の5分が、全て踏みにじられる。


だけど、怒りよりも僕は、人に対する感情を覚えられる自分に気がついた。
僕の、はじめての嫌いな人だ。





「じゃあね、ポチ」

少しして、飼育ごやから出たら職員室に報告にいく。



 挨拶して、手を振ってさよならをする5分だけが僕の全て。


好き、嫌い、責任が持てない、感情が保てない、誰も近づかない、誰も近づけない。
それが僕の全てなのだと、職員室に入るとよく実感する。


部屋を出て、帰るときにはもう覚えてない。
独りならさよならも必要ない。


帰り際、廊下に立て掛けてある大きな鏡が目についた。
いつも通りに僕が映ってた。

「僕は、僕が好きですか」

僕はその向こうに質問した。






 大人になった僕は、
結婚することになった。
僕は5分以上の愛が持てないと告げたけれど

『彼女』はそれで構わないと答えたからだった。

『やってみなきゃわからないよ』

確かに5分後に考えて、そんな気もしたからだった。


5分のうちに書類を出して、車の中で過ぎた5分に、もう後悔した。

ただいま、と我が家で笑顔を振り撒く彼女に、5分前は気のせいだった気がしてきた。




 申し訳なさと愛しさを感じながら二人で手を洗い、買ってきたハンバーガーの食事をした。

 楽しいなと思った僕は時間をいつのまにか、はかるのを忘れていた。
10分、一緒に雑誌を読んでいたら僕はふいに、なんとも言えない苛立ちに支配された。
なにが悪いわけでもなく、僕は見知らぬ他人と過ごす恐怖に見まわれたのだ。


「少し出掛けてくる」

そう言ってドアを開けて出ていくと5分を計った。
イライラして、かなしくて、苦しくて、怖くて、自分がしていることがわからない。

苦しくて苦しくて、

殺してくれ!!

と叫んだ。

驚いた妻は、慌てて僕のもとにやってきた。
まだ5分たっていないのに。

誰だお前は!
僕が何をしたんだ!
殺してくれ!

はやく、5分経たないかな。
はやく、5分、経たないかな。
はやく、
はやく、5分経たないかな。
はやく、5分、経たないかな。





殺してくれ!

殺してくれ!


5分経って家に戻る。
5分前の僕はなぜ、あんなに不安があったのかわからなかった。
妻はいつも通り優しい。幸せな家庭だ。

僕は、他人に感情を持つことができた。

淹れてもらったお茶を飲み、5分を穏やかに過ごした。
大事に飲んでいて、飲みきらないうちにカップの中身が汚い水へと変化した。




5分たち、

お茶をぶちまけて、
僕は吐いた。

5分前、なんてものを
口にしてたんだ?
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