There are no whole truth.(なとなと)

□エピローグ
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01.おわれないおしまい

 ヒビキちゃんたちと別れて、少ししてから、家に帰ってきた。やっぱり家は落ち着く。リビングのソファーに座ったままのぼくは、ぼんやりと、まつりに聞いた。


「──それにしても、兄とぼくは、そんなに似てたのかなあ……。そんなに《間違えられる》ほどには見えないんだけどな。いくら、暗かったからって」


 おそらく、《これ》が本来の一番のヒントだったのだろうが、ぼくは見事にスルーしていた。気付かなかった。ヒントを、ヒントだと言うようなやつじゃないことは、よくわかっていたつもりなんだけれど……

 もしかしたら、あの子は、当時、知っていたなら間違う筈がない、兄と、ぼくの情報を間違えたことを、最後の最後に、遠回しに指摘されたと思ったのか──?


「そういう格好をしてみたらわかるんじゃない?」


 面白そうに言われてしまった。何を思ったのかは知らないが、こっちに来ようとするのでとりあえずクッションを身代わりに渡しておく。それから言う。


「いいや、遠慮しとく」


 まつりは、ぼくの回答に興味がないのか、はたまた予想出来ていたのか、突然また、ぼくが話始めた瞬間にふらっと立ち上がって、ちょっと前に切って、冷蔵庫に入れられていたカステラを持ってきた。片手に持ったクッションを軽くこちらに投げられたので、とりあえず掴んで、置いた。


「ひどい家だ、とか、あいつと会うな、とか言われたような気がするけど……あれってもしかして、ぼくがしょっちゅう怪我するタイプに見られてただけ、ってことかなあ」

 ぼくは言った。不可解な点は、いくらかあった。
彼女が《ぼくにしか》説得しなかったこと、とか。


 もしかすると、あれも思い違いで、兄と間違われて、捕まって、《彼女》から離れろと説得されて、嫌だと言ったから、強制的にそうされたのだろうか。改めて考えると、もしかしたら『家』は、ぼくの家のことじゃ、なかったのかもしれない。考えながら、カステラ(一口サイズ)を口に運ぶ。
 全部の可能性を考え出したら、全部が合わない気がしてくる。過去なんて考えたいところだけ、考えた方が、健全なのだろうか。

──だけどそれなら《あれ》は何を意味するんだろう。



「たぶん、きみの家の事情は、誰も知らなかったよ?」

何か察したのか、まつりは言った。

「だよな……お前以外」


 まつりは笑わなかった。カステラに興味も示さず、考えるような顔をしていた。ぼくは何か言おうとした。だけど、出来なかった。


「それにあれはこの話じゃ無いものだよ。──まあ、思い出せないなら、いいよ。無理しなくても」


 ふと、こいつはいつからこんなに優しくなったのだろう、と思った。なんとなく、寂しかった。

「って、言ってもさ──」

 ぼくは、いろいろと、思い出してしまった。だけど、言わなかった。一度、再び帰ろうとしていた。あそこに、逃げようとしたことがあったのだ。

 
 中に入ることは、さすがに一人では出来なかったけれど、代わりに、近くにどこかの地下室に通じる、誰かの手で掘られてきたらしい、狭い階段があったことを、思い出す。

彼女たちの顔を、思い出す。突き落とされた──記憶を──

 ある日、すっかりその姿が消えてしまっていたせいで、うまく頭の中と噛み合わなくなくなっていたのだが。

 忘れ物があったこともあって、ぼくはそこまで行ったのだが、それがいけなかったのだ──ぼくの、自業自得の話。あの実験の、あの子の話。だがそれは、またいつかにするとして、ぼくはそれの代わりに、聞いた。


「……気になったことが出てきたんだけど、ヒビキちゃんがあの性格だったってことは──」


「聞かない方がいいことって、存在するんだよ。少なくとも、疑問点の上から5つくらいは」


 まつりは言った。笑わなかった。ぼくは首を傾げた。ぼくの疑問点を知ってるのか、こいつは。
「……なーんか、誰かが居た気がするんだよ、あのテーブルの下くらいに」

「ふうん」

 カステラを食べているぼくの横で、まつりは適当に答えた。昼に寝ていたせいで、どうも眠くないらしい。ぬいぐるみを3つ放り投げていたかと思えば(よくわからないが、女子高生からの、もらいものらしい)キャッチして、だけど一個取り忘れて頭に当たっている。
なにがしたいかまったくわからない。

「うーん……まだなにか、忘れてるんだよな、ぼくは」

「いろいろあったからね」
 まつりは、ぬいぐるみを放って、こっちに少し、やって来た。

「なんとなくだけど、お前って、変わった?」

ぼくは聞いた。まつりは頷かない代わりに、答えた。

「一度リセットして、そこからもう一度更新することを、覚えただけだよ」

「何を?」

「記憶。整頓するために、少し眠くなるけれど」


 頭に引き出しがあるなら、まつりはすべてをごちゃごちゃに入れて、ほとんど分類していない、んだそうだ。

 あれがここに入っている、とか、普段はよくわかるし、全体が見えていて沢山を、一気に取り出せるけれど、ぶつかってひっくり返してしまうとか、スペースを作るために、それを一度片付けてみることを考えるとか、ちょっと気を緩めると、管理出来ない、んだそうだ。

『仕切り』が無いぶん思考範囲を広げられるが、領域を、分けられないことには、《これが、こうである》と頭が明確に思えていない。
……らしい。
わかるような、わからないような、話だ。



「ただの例え話だから、そんなに考えないで。きみのことは、まだ、だいたい覚えてる。補完も、たぶん出来たんだと思う。だから、思い出すの、早くなったでしょ」

ちょっと時間があればいいのだと、言う。
たぶん、彼女たちのことを、ちゃんと《取り戻してから》別れる、という意味もあったのだろうか。一度は、同じ家に居たのだ。たとえ彼女たちの目的や、愛着と、噛み合わないものだったとしても、思うところがあったんだろう。
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