There are no whole truth.(なとなと)

□2章
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12.それがいわゆるお気に入り

 夜が更けたし、この辺りでは、今日、この時間になれば、走るバスも無いので、泊っていくことになった。食料などは、数日分用意されているらしい。用意がいいというよりも、やはり、彼女が住んでいるのか。

 まつりは当然のように、一番広い部屋を選んだ。
二番目の部屋はコウカさんが使っているし、ぼくは考えた末に、四番目の部屋を選んだ。ケイガちゃんは、三番目の部屋になった。


 鍵室からそれぞれの部屋の鍵をもらって、分かれる。四番目の鍵は、なぜだか、予備のものしかなかったので、少し不思議に思う。──誰かが借りている?
考えても仕方ないので、ぼくはとりあえず、自分の部屋を開けようと鍵を差し込んで回した。しかし、ドアノブが回らない。不思議に思って、もう一度鍵を差し込むと、開いた。


「ん──鍵が、かかって、なかった?」

何でだろう、と思っていると、ドアが僅かに開き、隙間から、何かに頬を引っ張られた。

「いたたた」

棒読み。きゃー! とか、うわー! みたいに言えないが、これでも、ふざけているわけじゃないのだ。
驚いている。

 中から妙にテンションの高い声がするかと思えば、ドアを完全に開け、中から出てきたのは、兄だった。
「やっと来たのかー、待ちくたびれたよ、なぁちゃん!」

くたびれるほど待ってたのか。服装は、ラフな黒いTシャツ。特筆することもない感じ。
元気いっぱい、と見える。

「な、なんで。だって、変装は……」

──というか、ぼくはどこの部屋で寝ればいいんだ。相部屋はやめてくれ。
他の部屋の鍵を取りに行けってことだな。どいてくれ。

「変装? 何いってんの? おれは、お前を連れ戻しに来たんだよ。それで、ここに泊ってた。昼間も、映画館で、会ったろ?」

「映画館?」

 うーん。会っただろうか。何度考えてみても、それらしき人物がいた記憶がない。だいたい、暗くて、辺りがよくわからなかったのだ。


「えー、ひーどーい。カノミヤさんは、あの中でちゃんと見つけてくれたのにな」

「まつりが……見つけてた?」

「んで、お前にも見つかっちゃう、と思って、すぐ、あわてて椅子の背もたれに隠れたけど、もうバレてると思ってたよー。あー、なんだ、せっかくのサプライズの機会を逃したかー」


どうやら、この人は、あいつを知っているようなことを言った。
──では、まつりも、こいつを知ってる?

「で、いいから離せ。ぼくは行く!」


と、兄を押しやっていたときだった。
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