まともななにか

□距離と実感の間
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 人と人とはやはり、ある程度の距離が必要なんだと最近は思う。

だから、ボクは、周りとの関係をわざわざ言葉で表現して縛ったりはしないことにしていた。感じていても、口にはしなかった。

仲がいいのと、居心地が良いのは、一緒にされがちだが、別問題だ。


階段の先、昼でもそこそこ薄暗い場所にある地下部屋は、そんなボクの、そして、ボクと似たような、他の三人の知り合いの根城だった。(実は、今の合計は四人だが、昔は、五人いた。これはまあ別の話だ)

ボクはほぼ毎日ここに来るが、二人――ううちゃんともう一人――は学校や(ほとんど同じ学校の同級生)バイトがない日に来ている。
……あと一人は、訳ありだ。


今日はちなみに、冬休み。現在時刻は、22時過ぎ。

「ネーネ嬢ぉ、ご飯まだぁー」

ドアを後ろ手で閉めるボクに、部屋の中で、いつものように体操していたぐるるんが言った。
こちらは純粋な女の子だ。地毛らしい白と茶色の混じった長い巻き髪が、ソフトクリームっぽいという、ううちゃんの命名だった。

そういえば彼は、ボクを送ったあと、どこに行ったのか、ふらりと消えていた。

ネーネはボクの愛称だ。
あまり気に入ってないが、他の案も浮かばない。

「嬢って呼ぶなっての。あと、食ってから来い」

「だあーて、ネーネ姫、あちゃし、筋トレしてたんだよぉん?」

あめ玉を転がすようなしゃべり方で、女の子らしい声で、ぐるるんはそう言い、それから鍛えている腹筋を見せるべく、シャツをめくろうとした。

筋トレは飯抜きの理由になるのかわからないが、なんかめんどくさくなって、ボクはそうかい、と呟く。
それから、見せなくていいと止めておく。
うむう、と彼女は口を尖らせ、それからなぜか嬉しそうに笑って言った。

「いやいや〜実は興味あるんでしょ! あちゃしのカラダ! 姫になら、見せてあげるよ」

「……どこでもいいの? その、内側、とか」

ボクが試しに切り出してみると、彼女は一瞬、困惑した表情を浮かべた。

「えっ、えっえっ?」

彼女は目をぱちくりして、自身の体を抱えるようなポーズをとる。それから、また体を伸ばし、照れながら頷く。なぜ照れる。

「うん」

「やった。皮膚の内側だ! ぐるるんの内蔵がさ、前から気になってたんだよ。やっぱりボクより、たくましいのかなあ。いいなあ。
心臓は一番たまらないよね。大丈夫、綺麗に手早くさばくように気をつける。手袋もはめる。手始めに、まずは軽く包丁で――あ、麻酔が」

「皮膚の内側の話は、してない!」

顔を真っ赤にして怒るぐるるんを、ボクは直視しなかった。

ちょっぴりだが、そうならいいのに、と、ボクは本気で思っていた部分があったからだ。少し後悔する。
あんなことを聞かなきゃよかった。

ぐう、とぐるるんの腹がなるのが聞こえて、ボクは立ち上がった。首に下げている鍵を手に、ふらふらと入り口のドアを目指す。湿布を巻いたものの右足が、まだ痛いが、頑張れなくもなかった。

この部屋には台所が無い。テレビやゲームや、雑誌、布団はあるけれど、食べ物が無い。
なので、なにか食べるなら買うために外に出ないといけない。

中は、もともと、ぐるるんが一人で暮らしていた。
やがて、そこに、ボクたちは転がり込んでいるのだ。
自分から食事をしない彼女に、何かを食べさせるべく、ボクは毎日ここに来る。
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