まともななにか
□イントロダクション
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2015.9.22
夜の町は、賑わいに満ちていた。
以前までは 《静かな時間》と聞けばまず思い出すはずだった、この町の夜は、もう求めようがないんだろうなあ。
とか、詩人だか、何かみたいに、道に落ちていたタバコに嫌悪感を示しながら、露骨にため息をついてみる。
疲れた。
つい最近までは暗かったのに、今じゃあ電飾なんかのせいで、中途半端に明るくなり始めたこの辺りの景色は、たった数年で、ここも都市化が進んだことを示していた。
地上の賑わいと対照的な、誰も見上げなさそうな夜空の下、冷たい夜風を吸いながら、右足を怪我したボクは、今、知人に背負われながら、派手派手な町の真反対、路地裏を、奥へ奥へと目指している。
町は大方舗装され、改築され、わけのわからないビルが並び始め、似たように思える店が、隣り合って互いに主張しあうようになった。
今まであんなに豊かな自然を自慢にしていたはずなのに、それでは誰も見向きもしない時代が訪れたということだろうか。
改革の方向性が、ボクなんかにはよくわからないが、(個人的には、この辺りちょっと何かがずれている気がしなくもない)
とにかく、変わってしまっている。なにもかもが、やけに整い出している。
とはいえ、今は関係がなかった。
現在、ボクがいるような建物の裏側、人気が特にない私道、かろうじて道、みたいなところは、舗装なんてほとんどされないのだから。
背中の上は、結構揺れて、小柄なボクも背中からずり落ちそうなので、首をしめてしまわないように気を付けながら、必死にしがみついていた。
背中のふわふわした温かい感触が気持ち悪い。
しかしだったら降りろ、と言われてしまうのは、やや切ないので、こらえる。
「あー。あーあー」
ボクは唸った。それから、ぼそっと呟いた。
「そもそも、こんなやつ、庇わなきゃ、良かったんだよなー。なんの得にもならないのになあー」
先程、ボクを背負っているやつを、ボクは、結果的にだが、庇った。
そして怪我をした。半分くらいは自分のせいだが、なんだか納得いかない。
古くからの知り合いで、今日はたまたま二人で歩いたのだが、そのときに後ろのビルの窓からいきなり飛んできた、力一杯投げたようなボール、という名の凶器を、庇う形で自分の足にぶつけ、よろけて転ぶ際に足をひねった。
正直そんなつもりは全くなかったのに。
痛いし、礼もなにもない。
「でも、ウラは得した」
突如、下から声が返ってきて、驚く。少女のような華奢なそいつは、しかし、しっかりとボクを支えていて、いつもの無表情を保ったままだ。
まさか、会話をしてくれるとは思っていなかった。
真下にいるのは、ややオレンジがかったふわふわの髪、目鼻立ちがはっきりして、色白で細身だが、怪力の少女、男だった。
ハスキーな自分の声を嫌っているので、あまり会話してくれない。
少女男という、三文字を言うと無言で怒るのだが、男の娘、とか女装、という言葉のイメージとは個人的に、ちょっと違う気がする。
自分の毛のかつらを作りたいから、とか、ヒラヒラした服は、シャツとズボンの上下みたいに、組み合わせを考えなくていいから楽、とか。
――よくわからないが、ボクから見れば、無駄に過剰な自主性の現れ、というか……
……いや、やっぱり、彼のことはわからない。
しかし、本人が思うよりも似合っていたりして、誰からも苦情はないようだ。
壁と壁の間を進む。
真っ白な狭い空間を意識させないほど、換気のためのファンとか、いらない雑誌の束とか、何かの配線とか、キャラクターものの三輪車なんかで、ある意味この道も、充実している。
それらは同時に、障害物でもある。
普段はやたらと跳びたがる真下の人物は、ボクに気を遣ったのか、自分ももうそんな気力がないのだろうか。
今日はずっと歩いて無駄に避けず、ちょっと邪魔なら横にずらす程度だ。
少しして、右手側に、下へと続く、コンクリートの階段が見えてきた。
ボクたちは、目的地に着くために、ここを降りなければならない。
「なあ、ううちゃん」
そこのあたりで、なんとなく、ボクは真下の彼に再度呼び掛けてみた。
今度は、一度、歩みを止めて、不思議そうにこちらを見上げるだけだった。彼は再び階段の方へ進み始める。
それをボクは返事と受け取って、勝手に喋っていた。聞いていても、聞いていなくても、どちらでも良かった。
「人が死ぬって、やっぱり、気持ち悪いことなのかなあ」