あなたと飛雄の五十音。


□か
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明日から夏休み


部活に入ってない私にとっては退屈でしかない



………はずだった



ほんの数十分前までは





『…藤崎さん』



聞き慣れない声がふて寝をしている私の頭の上から降ってくる



『…っ藤崎さん!』



あ〜はいはい


私の睡眠を邪魔するのは誰ですか……




顔を上げたところで思わずフリーズする



かっ、影山く……んだと……?!




「……なんの用ですか」



ふて寝とはいえすごい顔をむけている気がする




『あ、あの…』



…………?



3組の影山くんがわざわざ5組に…



しかも私に………?




『勉強を…教えてください………』



確かに私は特進クラスでトップだけど人に教える能力はほぼない…



でも


影山くんとお近づきになれるのなら…



「……いいよ」




私の波乱の夏休みが幕を開けようとしていた





「この問題はこの公式をいれて……」


『………』






顔小さい…

目大きい……

まつ毛長い………





不意に顔を上げた影山くんと視線が交差する



『あ、あの……』


………?


『俺の顔になんかついてますか?』



彼の一言で自分が見入っていたことに気づく




「……っ!」



絶対私、顔真っ赤だ…



「な、なんでもないよ!」


そうすか、というと再びプリントに目を戻す



その仕草さえ見とれてしまうほど綺麗



…バレーをやってる影山くんを見てみたい



素直にそう思った



『………じゃあ今度』



プリントに落としていた綺麗なガラス玉のような瞳がこちらに向けられる




息をのむ


時が止まる






『今度、今日のお礼もかねて部活に…招待するっす』



……本当に?



『……はい』



嬉しい…




彼といるこの時間さえも私にとってはご褒美なのに部活に連れてってくれるなんて…





……ん、あれ?ちょっと待てよ




私、今までずっと頭の中で考えていただけなのになんで影山くんと会話してるんだろう…



そこで全て頭の中だけではなく自分の口から自然と零れ落ちて言っていることに気づく





頭で理解するよりも早く顔が急激に熱を帯びていく




「ご、ごめん!!!


……今のは忘れて」



再び重なる視線



でも今度はどちらも目をそらせないような熱を持っていた




『沙織』



急に名前を呼ばれて伸びる背筋




『じゃあさっきの部活の約束もなし……?』




彼の顔が残念そうに歪んだように見えたのはきっと気のせいなんかじゃない



「それは……」


私の返事を待つ彼の真剣な瞳にまた心が揺らぐ




「それはなしじゃない…!」





『………良かった』





彼の口元がゆるい曲線を描く




『じゃあまた勉強教えてくれる…?』



彼の口調が甘くなった感じがした



「もちろん!」



その言葉を聞いてふっと柔らかく笑うと勉強を再開する彼




『…かわいいな』



そういった小さい声が窓から入ってきた風にさらわれていく




ぎりぎり私の耳には届かないような彼の心の声




緩んでしまう頬を抓って私も机に向き合った
 

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