あなたと飛雄の五十音。


□さ
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今日はただ、買い物に付き合うだけだから

いや、これはデートじゃないから


ーそう、これはデートなんかじゃない


電車の窓に映る自分の姿を見ながら言い聞かせる


たまたま私が近くにいたから誘ったんでしょ?

ねぇ、飛雄くん


―――――


『…藤崎さん、ちょっといいスか』


放課後私たちのところに来て、名指しで呼ばれた


『なぁに〜沙織、

もしかして告白か〜?』


知佳が茶化す隣で真友は俯いていた


――なんで私が

しかも真友のいる前で


「きっと飛雄くんと委員会一緒だからその呼び出しじゃないかな!」


その一言で真友は顔を上げた

表情からは何も読み取れなかったが、目が笑っていなかったのは確かだった


「ちょっと行ってくるね!」

『はぁい』


そうして教室を後にした



「んで、何の用?」

『いや、あの』

彼も表情が読み取れない族の1人

背も高いし怖そうなのになんで真友はこの人が好きなんだろう……


『今週の日曜日って空いてないスか?』

「えっ………」


突然のお誘い

予定はないけど行ってはいけない気がする


「あぁ、えーっと、……」

言葉を濁して早くこの場から去りたい

『…午後からでもいいんで』

なかなか引き下がらない飛雄くん

「それは委員会の仕事かなにか?」

『いや、委員会は関係ないっス』

「じゃあ何も、私じゃなくても…」


2人の間に沈黙が流れる


「真友、はどうかな?

あの子今週の日曜なら空いてるって言ってたし」

まぁ、飛雄くんからのお誘いなら他の予定を全部ブッチするだろう


『俺は………

沙織、さんと出かけたい』


初めて名前で呼ばれた

彼の形の整った唇から紡がれた言葉に心を意志を、持っていかれそうになる


「……ダメ」

『なんで…?』

「だって、」

――親友の、真友の好きな人を知っておきながら

そんなことを言われて、

そんな風に呼ばれたら、


私も、

好きになってしまうかもしれない

いや、もう手遅れかも……


『沙織さん、俺……』

近づいてくる彼

彼に歩み寄りたい心に反して退く身体

私の背中が壁に当たり、逃げ場がないことを知らせる


『……もう逃がさない』

そう言うと彼は壁に手を添えて更に私のテリトリー内に侵入してくる

「待って、私は」

慌てて胸を押し返す

彼の鍛えられた身体が布越しに伝わる


『じゃあ、日曜のことは誰にも言わねえ

日向にも、

その……真友サンにもだ』


『だから、一日だけ付き合って欲しい』


彼の懇願するような目に圧されて頷きそうになる

「ほんとに……?」

『当たり前だ』

「なら……いいよ」


その言葉を聞くと彼はすんなり私を解放してくれた

『…じゃあ、日曜日、待ってる』

「うん」


彼は爽やかな笑顔と共に去っていった


――――――


そして現在に至る


真友には罪悪感しかない

でも、

今日一日だけ、

彼の隣を歩いていいですか、神様


待ち合わせの20分前に着いてしまった


「もういるわけない、よね」

そう思いながら待ち合わせの改札前に向かう


―――いた


普段制服だからか私服の彼は大人っぽく見える

キョロキョロしているのは私を探すためだろうか


そっと人ごみに紛れながら近づく

『沙織さん!!!』

……見つかった


駆け寄ってくる彼

「…飛雄くん」


『良かった……』

「待たせちゃってごめんね」

『いや、それより……』

いきなり口元を抑える飛雄くん

『やっぱり、かわいいな』


そう聞こえた気がした


気のせい、じゃないといいな

そんな思いも今日だけ

あとは胸にしまっておこう


『じゃあ行くか』

「うん!」


そう言うと私たちは歩き出した
 

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