桔梗
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「凛は元の世界に戻りたいじゃろ?取り敢えず、原因が分かるまで木ノ葉に居てはどうじゃ?」
火影様の提案に私は一旦考える。
国のトップともあろう人が、易々と他人を保護する理由は何なのだろうか。
私が敵だったとして同じように受け入れるかは微妙なところだが。
それほどまでにこの国の軍事力が凄いのか、はたまた紫雲さんを信頼しての提案なのかは不明である。
ともあれこのまま何も言わなければ保護されてしまうだろう。
前とは違う、自由を手に入れた今、鳥籠に戻るような馬鹿な真似はしたくない。
「元の世界には帰りたくはありません。ですがこちらでお世話されるつもりもありません。この世界に迷い込んだ異分子を危険を犯してまで保護する必要もないでしょう。調べるなりしてくれて構いませんので、どうかその後は解放して下さい」
私は頭を深く下げた。
ここまでくる道中にこの世界は元の世界ではない事は紫雲が見せてくれた忍術という技で理解出来た。
そして街並みも想像よりはだいぶ都会的ではあるものの、見慣れない建物ばかりである。
この世界で私を知る者はいない。
何のしがらみのない新たな生活が待っている。
それは私がずっと望んでいた事だった。
だから紫雲さんの話を聞いて、すんなりと受け入れる事が出来たのだ。
私は自由になりたかったのだ。
「なんか言いたそうだな紅蓮」
紫雲さんがそう呟くと、ギィっとドアの開く音がした。
そこに現れたのは黒い狐面にマントを羽織った躯体の良い青年だ。
彼が部屋の中へと入った瞬間、その場の空気が一気に凍りついた。
得体の知れない恐怖で体が震え上がり、全身の毛が逆立った。
「当たり前だ。紫雲、何で殺さなかった?じいちゃんの甘さに感化されたのか?そいつの方がよっぽど理解しているじゃねーか」
紅蓮と呼ばれた男は吐き捨てるように言いながら、火影様に報告書だ!と書類を差し出した。
「話は聞いていた。別世界から来たとかこの際どうでも良い。・・・お前はここで死ぬんだからな」
「‥!!」
男から発せられたのは殺意である。
少しでも動いたらこの男に殺される。そう錯覚してしまうほど強烈な雰囲気に飲み込まれる。
紫雲さんのような。いや、それ以上にこの男は危険だと本能が叫んでいる。
気持ちが悪い。キリキリと胃が悲鳴を上げて胃酸が込み上げてくる。
私の命は目の前の男に握られて、男は冷酷なまでに冷たい瞳で私を見下ろしている。
気が狂ってしまいそうになりながら、ただその場で立ち尽くす事しか出来なかった。
「・・・まて、紅蓮。凛に手を出してはならん」
火影様のその言葉と共に彼の殺気はスッと消えた。
張り詰めていた緊張の糸が切れたように、私はその場に座り込んだ。
大きく息を吸って吐いてを繰り返して、止めていた酸素を体中に送る。
無意識のうちに固く握られていた拳には、くっきりと爪の跡が食い込んでいた。
この男は本物だ。
間違いなくあのまま私を殺そうとしていた。