許すまじ運命

□2. be indescribable
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「二兎お兄ちゃん!!!」


少女、小鳥遊 紡は焦っていた。
幼い頃に仲良くしてもらっていた兄の様な存在に再び会えた喜びも束の間。
その兄の様な存在・・・如月 二兎が目の前で倒れたのだから。焦らずにはいられない。
よくよく見れば、二兎の髪はびしょ濡れで汗も尋常では無い程に掻いている。
一見しただけで只事ではないと理解出来た。


「お兄ちゃん!!二兎お兄ちゃんっ!!!」

「…っ!マネージャー!この方は私が運びますから、あまり揺らさないで下さい!!」

「二兎お兄ちゃん!!二兎お兄ちゃん!!」


黒髪の男性・・・少年だろうか。
少年は二兎を軽々と持ち上げると紡と共に歩いてきた道を引き返す様に走り出した。



辿り着いた先は小鳥遊事務所と書かれた建物。
紡と少年は急いで室内へと駆け込んだ。


「マネージャーは社長にこの事を!この方はこちらで介抱します!!」

「わ、分かりました!!お兄ちゃんを宜しくお願いします!!!」


少年の言葉に紡は一つ頷き、
社長室と書かれた扉をノックも忘れ乱暴に開けた。
乱暴に開けられた扉の音の驚いたのか、中で話をしていたであろう2人の男性が目を見開いて紡を見る。
紡の行動に咎めの言葉を出そうとしたであろう温和そうな顔付の男性は、
紡のこれまでに無い程の焦った姿に静かに「何かあったのかい。」と紡の言葉を待つ。


「おに、おにいちゃんが!二兎お兄ちゃんが!!」


どこから言葉にして良いのか分からず、
紡は涙をボロボロと流しながら温和そうな男性…自分の父親であり会社の一社長である小鳥遊 音晴に泣きついた。
娘の口から出た名前に、音晴は目を見開きどういう事なのかを優しく尋ねる。
事の経緯をしゃっくり混じりに伝えると、音晴はどこかへ電話を掛け、話す事無く受話器を置いた。


「二兎君のご両親に電話を掛けてみたけど繋がらなかったよ。」

「そんな…。」


「えっと…何かあったんですか?」


2人の様子を見ていたもう一人も男性は、首を傾げながら紡と音晴を交互に見る。
そんな男性に困った様に笑う音晴は「後で説明するよ。」と紡に向き直った。


「それで、二兎君は?」

「今、一織さんが介抱してくれてる…。」

「分かった。とりあえず、目が覚めたら此処に連れて来てくれないかな。」

「うん…分かった…。」


紡は大切な幼馴染の姿を思い浮かべ、トボトボと部屋から出て行く。
そんな後ろ姿を見ながら音晴は深く溜息を吐き、呆れた様に両手で顔を覆った。


「また君達は二兎君に苦労を掛けるのか…。」


娘の幼馴染である二兎の家族の性格の酷さを思い出し、
音晴は悔しそうに前髪を握り締める。


「えっと…社長…?」

「すまない…。娘には、幼馴染が居てね…。」

「紡さんに?」

「うん…。私としても、息子の様な存在なんだ…。」


あの頃は、実の親よりも一緒に居た時間が長かったかもしれない。


「彼の親は放任主義と言うか。その癖、自分勝手な性格の人間でね。」


物心付いた時から家事全般は任されていたと聞いた。
家で友人を迎えるから邪魔だと料理を作らせた後に寒い夜空の下、放り出された姿を見た。
新聞配達をして必死に働いて稼いだお金を奪われた姿を見た。
余りに残酷で愛が有るのかと問いたくなる程の扱いを見てきた。
それでも、彼は笑顔で必死に生きていた。
だから、家に招いては少しでも嫌な事を忘れて欲しいと此方も必死になれた。


「10年程前かな。突然、二兎君達が消えてね。」


消えた、と言うには語弊が有るかも知れないけれど、
その時の自分達の言葉と感覚を借りるならそれが一番近かった。

何が有ったかは知らないが、
あの親が何か仕出かしたのではと思うのは自分の中ではごく自然な事だった。
自分の息子が奪われたとさえ思えてしまった。



「どこかで、幸せに暮らしてくれればと思っていたのに…。」

「社長…。」




【be indescribable】




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