小説

□魔王たちの過去
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「ストラスの記憶」作・結月マルルゥ大佐 




ここは過去。

まだ、ミラ王国が出来る前の時間であり、世界線も違う。

神や悪魔が迷信と思っている者も少なくない世界だ。

魔法なんてなく、銃や科学が全てとされる世界。

そんな世界の静寂が包むべき夜に2つの靴音があった。

少し離れたところには複数の靴音。金具がカラカラと音も鳴っている。それは銃とホルスターがベルトの金具に当たる音だった。

クレア「行きなさい!」

ふたりは満身創痍。

何者かに追われて身体中には傷だらけ。

女性の手には拳銃が握られており、青年の左手にはナイフが握られていた。

青年の方は右腕から大量に出血しており肉が抉れ、骨が見えている。恐らくは右手を使うことは出来ないだろう。

女性の方は四肢には問題ないが腹部から出血している。それを無理矢理、傷口を押さえて逃げている。

女性の名前はクレア=ウォーカー。

孤児たちが主体となり作られたマフィアを治めるナンバー2だ。

青年の名前はストラス=ノルン。

そのマフィアのボスだ。

ストラス「お前を置いて逃げるなど出来るか!」

クレア「今、二人で居ても共倒れ!教会に皆がいる筈だから皆を引き連れて助けに来なさい!私だけなら時間を稼げるから!!」

ストラスは何かを言いたげだったが状況を考えたら他の手段が浮かばない。

急いで戻れば良い。そう、自分に思い込ませて反論の言葉を飲み込んだ。

ストラス「……死ぬんじゃねぇぞ!!」

ストラスはクレアを残して教会へと走っていく。

その時、ストラスにはクレアが何かを呟いたように聞こえたが聞き取れなかった。

靴音が遠ざかり、覚悟を決めたクレアは銃を構えた。

その数秒後に複数の銃声が聞こえる。

恐らく接敵したのだろう。

ストラスは脚を停めずに何とか教会へと辿り着いた。

バンッと勢いよくドアを開けた。

ストラス「皆!クレアが大変なんだ!武装を整えて戦闘準備を……………」

声を張り上げて皆に呼び掛けたが誰も答えなかった。

教会の中心へと歩み、彼は絶望した。

そこには1人も生者が居なかったからだ。

在るのは複数の無惨な死体だけ。

ストラス「嘘……だろ」

カランとナイフを床に落として項垂れてしまう。

仲間たちの死体を見て絶望していると再びバンとドアが開き、複数の人影が入ってきた。

男「やぁやぁ新進気鋭のマフィアのボス君、こんなところでお祈りかい?」

男たちの品がない笑い声が聞こえた。

この男たちは先程までクレアと対峙していた男たちの筈……

ストラス「クレアはどうした!!」

男を睨み付けながら問いかけた。

男「クレア……ああ、あの女か。いいだろう、会わせてやるよ。おい」

男が仲間の1人に促すと力なく項垂れ引き摺られるクレアをストラスの方へ投げつけた。

クレアは動かず床に叩き付けられた。

ストラス「…………おい……気を失ってるのか……?」

彼はクレアを抱き起こすが最悪なことに気づいてしまった。

……死んでいる。

左腕は激しい銃弾を受けたのか消し飛んでいて、腹部には先程の負傷以外にも銃弾を受けている。

その時点でも虫の息だっただろう。

しかし、何よりも決め手になる負傷があった。

右のこめかみに穴があった。その対角線の方からは貫通したらしく脳の一部が漏れだしている。

ストラス「……クレア……?」

死んでいる。そんなことは解っているが呼び掛けざる逐えなかった。

それを見て愉快そうにしていた男は口を開いた。

男「とんだじゃじゃ馬だったな。顔が良いから俺らのシモの相手をしてくれるなら命だけは許そうと言ったのに自ら頭を撃ち抜くなんて馬鹿だろう?」

ストラス「黙れ……」

周囲の男たちの笑い声が聞こえ

クレアは身体を捧げて生き残るより、誇りを背負い自ら死を選んだ。

男「所詮、孤児上がりが俺らのシマででかい面をするからこうなんだよ」

この男たちの正体は警察。

本来なら逮捕するのが当たり前なのだが、この地方の警察は腐敗しきっている。

汚職に殺人、強姦や麻薬販売まで行う始末だ。

自分たちの誇りを持ち動いているストラスたちが目障りだったのだろう。

ストラスの頭には様々なことが駆け巡った。

仲間たちとの日々。

クレアとの喧嘩。

敵との交戦。

そして、クレアと過ごした様々な日々。

いくら死にかけるような目にあっても生還してきた誇り高い皆。

全てを失ったのだ。

全て………………

男「好きな男がいるから提案は却下するとか抜かして笑って死ぬなど、イカれた女め……お前ら、終わったらこの女の死体は持って帰るぞ?見せしめでひんむいて飾ってやる」

ストラス「………黙れ……」

男たちは気付いていなかった。

ストラスの体が黒く色を変えていることに。

感じる者には解る気配。

そう、彼は障気を纏っていたのだ。

しかし、男たちは気付かない。

男「お望み通りそこの女と同じ場所へ送ってやるよ」

男たちは一斉にストラスへと銃弾を放った。

しかし、彼には当たらなかった。

《外れた》のでも《回避》をしたわけでもない。

《外させた》のだ。

銃弾が放たれた際に彼は手を天へ向けた。

その瞬間に掌に陣が現れ、銃弾は《軌道》を変えてまったく関係ないところに着弾した。

男「……なんだ?何が起きた?」

男たちは呆気に取られた。

しかし、次の瞬間、男たちのひとりの叫び声が反響した。

ストラスがその人物の眼前に現れ、素手で首の肉を握り毟ったからだ。

血が噴水のように周囲を赤く染めている姿を見て、男たちは恐れて指示を待たずにストラスへ銃弾を放った。

しかし、どれひとつ当たることはなかった。

彼は歩いて次の獲物の前に近付く。

男たちにはその姿が体が闇のような黒に染まり、眼が赤く輝いているように見えたという。

まさに悪魔だ。

ここから先は一方的な虐殺だった。

数分後には立っているものはストラスしか居なくなり、教会の中は天のステンドグラスに至るまで真っ赤に染まっていた。

ストラス「……………」

彼は虚しかった。

幾ら殺してもクレアは戻らない。

ストラス「…………クレア……」

クレアの亡骸を抱き締めた。

その瞬間、ステンドグラスが割れて背中に翼を生やす白き者が空から舞い降りた。

─────天使だ。

肩までつく赤いサラサラした髪、美しい蒼い目をした女性だった。

しかし、天使は雌雄同体の者もいるため、正しい性別は分からないが見た限りは女性に見えた。

天使「……あーあ、ひどい有り様ですね……」

その天使は周囲を見てやれやれと言ったような表情になり

ストラス「俺に罰を与えに来たのか?」

彼は天使なんて存在は知らなかった。

しかし、自分が異能を使った以上はそのような存在がいるって事を察していたようだ。

天使「いいえ。私はノックスと争う派閥じゃありませんからなにもしませんよ。それにそこの人物は我々から見ても命を狩り取るべき存在でしたし……」

軽蔑する顔で警察だった人間の死体の頭を踏みつけた。

天使「ただ、どうやら貴方は半分しか覚醒してない様なので声をかけることにしました」

ストラス「覚醒……?」

天使「貴方はその女性を助けたくないのですか?貴方が覚醒したら彼女を復活させる手段が解る筈です」

その言葉を聞いた瞬間、目の色が変わったように天使に迫った。

ストラス「教えてくれ!どうしたら助かる!!」

息がつくぐらいの距離で話すストラスに天使は内心、「少しドキドキしますねぇ。って私も異性に対して免疫が無さすぎますよね……」と考え再びやれやれと言ったような表情で見る。

天使「……仕方ないですね。でしたら3つほど質問に答えて戴けますか?」

ストラス「構わない、早くしてくれ」

天使「宜しい。まずはひとつ目。もし覚醒というものをしたら貴方は先程戦った敵よりもっと恐ろしい存在と戦うことになるかもしれない。それでもしたいですか?」

ストラス「ああ。構わない」

彼は即答した。

天使「……宜しい。ふたつ目。覚醒をしたら貴方はいつまでも死ぬことがない体になり、呪いを背負い続けなくてはならない。それでもしたいですか?」

ストラス「問題ない」

再び彼は即答した。

天使「やれやれ……本来ならどちらも悩む質問なんですよ?なら最後の質問です。あなたにとって、その女性はなんなんですか?」

クレアの亡骸を見ながら訊ねた。

ストラス「……………腐れ縁だ。幼い頃から傍に居て、俺が馬鹿をやると文句を言ったり殴ったりしてくる口煩い奴。頼んでもいないのに勝手に部屋は片付けるし…頼んでもいないのに俺を庇って死にやがった……。だから、俺は頼んでもいないことをされた腹いせに頼んでもいない復活をしてやると決めたんだ」

天使「…………はぁ。本当に我々とは大きく違う思考を持ってますね貴方たち《悪魔》とは……」

呆れながらも答えに嘘はないと理解して

ストラス「悪魔?」

天使「では最終確認です。覚醒したらもう元の生活には戻れません。良いですね?」

ストラス「ああ!」

その答えを聞いた天使は魔方陣を天に出して、ストラスの頭に石像を落とした

ストラス「ぐひゃっ!?」

石像に埋もれた

天使「ショック療法です……それにしても私も甘いですね。いくら、ノックスが特殊な立場で死体や魂を好きに使っても良いと言われてますが、天使や神の立場として手を貸すのはグレーゾーンですよ?」

呟きながら苦笑して少し待つ。

…………………3分経過

天使「打ち所が悪かったかな……」

予定より時間が掛かっている事を心配しながらストラスがいるであろう場所を見てみる。

すると石像の瓦礫が動き出して安堵の顔を見せた。

ガラガラと彼は瓦礫を退けて立ち上がる。

ストラス「いってぇ……けど、ようやく自分の正体を思い出したわ…」

その掌には確かにあった。

先程、軌道の力を操った際に輝いた魔方陣と同じ形をした印がしっかりと。

右腕に出来た傷も塞がっていた。そう、もう彼は人間ではなくっている。

その証拠に先程まで、神々しいとだけしか感じてなかった目の前の天使や教会から気配がする。

肌がピリピリする様な気配だ。

恐らく、この天使は上位の天使なのだろう。嫌悪こそしないが戦いたくないと感じた。

天使「……言ってみなさい」

ストラス「俺の名前は────────ストラス=N=ノックス。魔王の血族、ノックスの一人で軌道の魔王と呼ぶ存在なり!」

ここに《軌道の魔王》は誕生した。

その存在はどの様な軌道を描くのか。

それは誰にも解らなかった─────
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