小説

□nepenthes poison.
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その女は悪魔だった。

ここはミラ王国の城下にある薬屋。
レンガ造りのあまり広くもない店のカウンターの奥に彼女は居た。
恐らく奥のドアは彼女の部屋なのだろう。
部屋の中は全体的に薬臭い。
肩辺りまでの金髪に晴天の空のような青い吊り目、そして全体的に緑のスカートに黒い上衣、所々に真っ赤なハートをあしらったケバケバしい装いをした性別のわりには長身の薬売りだ。

アンドラス「退屈ね……」

アンドラス=O=ノックス。この国の王、ストラスの妹だ。
様々な一面を持っている彼女だが、城下街では薬屋をして生きている。
薬屋という職種だからか決して経営難とは言わずともそこまで客が来ないためにカウンターで退屈そうに頬杖をついていた。

アンドラス「はぁ…………誰か大量に死なないかしらぁ。主に疫病とかでぇ」

物騒な事を呟いているとカランカランと入口のドアが開き、客が入ってくる。

アンドラス「あらぁ?いらっしゃぁい……って、なんだ貴女なのねぇ」

新しい玩具、もとい客を待っていると入ってきたのは見知った顔であった為、分かりやすく落胆の表現をした。

デカラビア「なんだとは御挨拶ね……」

ドアから入りカウンターの前でアンドラスの反応に呆れた。
その姿は黒い猫耳フードに胸元には大きな赤いリボン、真っ赤なブローチ。
肩までの赤紫のショートヘアーに頬の模様が目立つアンドラスと大差ない長身の女性だった。
名前はデカラビア=K=ノックス。この国の王の妹であり、アンドラスの姉だ。

アンドラス「新しい玩具が来たと思い心踊らせた時に入ってきたのよぉ?迷惑料を払う義務すらあると思うわぁ」

甘ったらしい喋り方をしながら話している。

デカラビア「お客様を玩具扱いする癖を何とかしなさいよ……」

溜め息をついて呆れながら

アンドラス「ウフフ、口が滑ってつい本音が出たわぁ。それより何か用事かしらぁ」
デカラビア「あら、用事がないと会いに来ちゃ駄目なのかしら?お姉ちゃん、哀しいわー」

オーバーなリアクションをした。恐らく泣き真似だ。

アンドラス「そんなことは恋人に言いなさぁい?居ればの話だけどぉ」
デカラビア「…………燃やすわよ?」
アンドラス「あら怖ぁい」

見た目は美形だが、何故かデカラビアには異性との噂1つない。そのことは本人が一番気にしているらしくアンドラスのあからさまな挑発にもイラっとした。
しかし、イチイチ文句を言っても時間の無駄だ。そう感じたデカラビアは溜め息をついて話を続ける。

デカラビア「はぁ……薬を買いに来たのよ」
アンドラス「そりゃあ薬屋だからねぇ。どんな薬を御求めかしらぁ?症状を聞かないとなんとも出来ないわぁ」

薬棚の前に近づいて話を聞き

デカラビア「えーと、寝付きが浅くて頭痛がするわね。そして、たまに目眩がするわ」
アンドラス「完璧に過労ねぇ。気を付けないと体に悪いわよぉ?」

薬棚のガラスケースを開けて薬を探す。

デカラビア「わかってるけどお店が楽しくてね……」

デカラビアの仕事はカードショップだ。街並みに似合わないが城下でカードの専門店を開いているらしい。
トランプやタロットカードからトレーディングカードに至るまで様々なカードを販売しており人気店となっているようだ。

アンドラス「楽しいのは解るけどぉ……あ、あったあった」

薬棚から薬瓶を1本取り出す。アンドラスは他者に対しては何処までも残虐非道になれるが、少なくとも自分と仲が良い方の血族には比較的甘い傾向にあるようだ。

アンドラス「栄養剤よぉ。1日3回3錠を食後に飲みなさぁい?」
デカラビア「わかったわ。何日分?」

薬瓶から入れ物に移しているアンドラスに尋ねる。

アンドラス「とりあえず1週間分。薬に頼らず、少しは休むようにしなさぁい?」
デカラビア「そうするわ……」

ピリッと周囲の空気が変わる。
どうやら二人は何かに気付いたらしく、アンドラスは包んだ薬をカウンターの横に寄せて薬瓶を棚にしまい周囲を警戒する。
一方、デカラビアは袖からカードを2枚出してドアの方を横目で見る。

デカラビア「来るわね」
アンドラス「あんまり暴れないで欲しいんだけどぉ」

ドアが勢いよく開かれると雪崩れ込む様に仮面をつけた人物が4名程入ってきた。
手には拳銃が握られているため、お客様ではない。
仮面をつけた人物のリーダー格らしい者が口を開いた。

強盗「命が惜しければ金を出せ!」

あからさまな強盗の様だ。昔から何処にでも居るような様の強盗がさらに定型文の様にも感じられる強盗の台詞を聞いて一瞬、二人とも苦笑いをした様にも見えたが気のせいだろうか。

アンドラス「……………」

静寂が店内を包んだ。それもそうだろう。
店内には二人の女性。見た限りでは筋肉質でもない華奢とも言えないが普通に見える女性。
対して仮面の強盗は4名。体格を見るに男性でアンドラス達より一回り大きな体型に全員銃を装備している。
強盗達が有利。そう見える状況だった。
二人の女性は脅えている。そう強盗達は判断したらしく下品な笑い声が聞こえた。

強盗「早くしろ!それとも身体で払うか?おぉ、中々上物の女じゃねぇか」

強盗のリーダーらしき上物がデカラビアの肩を掴み抱き寄せようとした。
他の強盗達は次に聞こえるべきはデカラビアの悲鳴だと思ったのだろう。
しかし、聞こえたのは自分達を率いたリーダーの悲鳴だった。

強盗「うぎゃぁぁぁ!俺の!!俺の手がぁぁぁぁ!!」

そうだ。自分達を率いたリーダーの肘から先が床に落ちていて代わりに真っ赤な血を噴き出していたのだ。

デカラビア「あまり汚い手で触らないで欲しいのだけど……。それに古典的過ぎる行動で、何も言う気が失せてたわよ……」

彼女の手には血に染まった1枚のカードがあった。
どうやらソレで腕を切り落としたらしい。
痛みを堪えながら強盗のリーダーが仲間に命じる。

強盗「殺せ!コイツら何かおかしい!!」

……………

銃声ひとつ聞こえなかった。

強盗「どうした!早く射て!!」

強盗のリーダーが仲間達を急かそうと振り向いた時、その光景に絶句した。
3人の仲間は既に死んでいたからだ。
血などは流れていない。外傷らしい外傷は見当たらない。
そもそも二人の女性は自分の目の前に居て、1度も仲間達に近付いていない。
外から誰かが侵入した音もなかった。
だが仲間達は死んでいたのだ。
仮面を外してみると口から泡を吐いて眼球はおかしな方向になり、痙攣している。
よく見ると仲間達の体には、たった1本の針が刺さっていた。
よく見ないと見落とす裁縫針にも満たない小さな小さな針。

強盗「な……なんだよお前ら……!?」

強盗のリーダーは腰を抜かし二人の化物を見上げた。

アンドラス「あらぁ?私のお店に攻めてきたのは貴方じゃなぁい?」
デカラビア「まるで化物を見るような目で見るなんて失礼ね……」

アンドラスは愉しげにカウンターテーブルに腰掛け脚を組み笑う。
デカラビアは残念そうな顔で呆れている。

アンドラス「アンドラス=O=ノックスぅ。不和の魔王と呼ばれてるノックスの血族のひとりぃ」
デカラビア「デカラビア=K=ノックス。カードの魔王と呼ばれてる同じくノックスよ?」

その名を聞いて強盗のリーダーは絶句した。
ノックス。それは神すら触れてはならないとされる化物中の化物。
必ず死なず、戦争があればノックスがどちらに着いたかという事実だけで勝利の確率が1%以下となった国を100%の勝利の確率へ変えられると言われている伝説の存在。
この国の王がノックスであるとは知っていたが、まさかその親族がこんなところに居るなんて夢にも思わなかったのだろう。

アンドラス「あ、貴方のお友達には先に私からプレゼントを贈ってしまったわぁ」

袖を捲ると手首に器具が付けられており。
銃のスライドと銃口がついている様な見た目だった。

アンドラス「私、手製の毒針発射装置ぃ」
デカラビア「確か、1発0.5秒で射出されるんだっけ?無音でもあるから暗殺向きって聞いた気が……」
アンドラス「そぉよぉ?まぁ、扱いが面倒だからパイモンには作ってあげられないけどねぇ」
デカラビア「パイモン姉さんなら間違って自分に刺しちゃいそうね」

クスクスと二人は笑った。
まるで部屋の中の死体や脅えている強盗の事がまるで無かったかのように感じる。
その隙に強盗のリーダーは逃げようとしたがその願いは叶わなかった。彼は床に打ち付けられる。

強盗「ぐへっ、な、なんだよこれぇ!!」

脚に枷が急に装着されたからだ。

デカラビア「発動・フェンリルの鎖ってね?」

枷から延びている鎖の先には宙に浮いて巨大化したカードがあった。
どうやら魔法で作られたカードの様だ。

アンドラス「あらあらぁ。逃げちゃダメよぉ?これから宜しくねぇ?実験体さぁん」

床に転がる強盗の胸元を踏みつけながら妖しい笑みを浮かべるアンドラス。
それを見て呆れながらも冷たい目を強盗に贈るデカラビア。
これがこの強盗が最期に見た人物の姿だった。




アンドラス「いらっしゃいませぇ。本日はどんな症状なのぉ?」

美しい花には毒針がある。それは悪魔でも同じ。
そんな日の空は青く輝いていた。
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