小説

□ダークがハク
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(…あら、劣先生)
放課後、蔵書を使って自習する生徒や、図書部や委員会の生徒などがちらほらと見える図書室。
授業の資料に使っていた本を返却しに来た私は、明らかにサイズ感の違う人の姿を見つけた。
三国自由ヶ丘学園スクールの図書室は、各クラブの部室が集まる部室棟の横に、ほぼ図書館と言ってもいい規模で位置している。
一学校のものとは思えないほどの豊富な蔵書を揃え、自習室まで設置されているという徹底ぶりだ。
「…はい、返却手続き完了しました。この本よく借りますね、永遠先生」
仏頂面の初等部図書委員が、さほど興味無さそうに聞いてくる。
暗く青い目と髪は、自分が担任している生徒を思い出させた。
この子の名前は、確かハクといっただろうか。
「そうね、いい資料が多いから」
へえ、と気の無い返事が返って来た。
一言礼を言って、本を棚に戻しに行く。
その途中、彼が目に留まったのだ。
(何か熱心に調べ物してるみたいね。気にはなるけど邪魔しちゃ悪いかしら)
そう思っていたところ、彼方が私に気付いたらしく、ぺこりと頭を下げた。
せっかくなので私は近づいて、声を落として話しかける。
「何か調べ物?」
「はい…でも、見つからなくて」
「何を探しているの?」
言いながら私は辺りを見回す。
ここは伝記や説話集が置かれている区画だ。
「ルト神話の、本などないかと思いまして」
「ルト神話…?」
私は思わず聞き返した。
何故、彼がそれを。
「お菊先生に…話を伺いまして」
「…菊が…?」
成る程、と納得する反面、あの子がそんな事を話したことに驚いた。
「それで、貴方…興味がわいたの?」
「…まぁ…そんなところですかね」
目を露骨に逸らす。
よくわからないが、少し気まずそうな感じもする。
「ルト神話は…ここには無いわ。寄贈の話もあったけれど、とても貴重なものだから、持っていてもらうことになったの」
「…読ませてもらうことってできますか」
「…そうね……。大丈夫じゃないかしら。でも、何故そこまでルト神に興味を持ったの?」
彼は少し考えて言った。
「…さあ…?」
「はあ?」
「お菊先生が熱心に話すので…へぇーと思って聞いていたら…何故か図書室で探していまして」
「……え?」
「お菊先生って、神話とか好きなんですかね」
「そういう訳ではないと思うわ。…まぁでも…あらあら…」
前々から思っていたが、菊はこういう面では天性の才能がある。
(中々に懐かれてるわね、菊)
「…それで、その寄贈しようとした方は誰なんですか」
「あぁ…知っているかしら。初等部の子なのだけれど…そうだわ、丁度そこに」
私は返却カウンターを指差す。
「…………ゔ…」
「ハクちゃんというの。知っている?」
「…ええ…まあ…」
目を細めて少し顔を引きつらせている。
そこで私は思い出した。
「そういえば、貴方ダークと一悶着あったわね」
「…そうですね…」
「…まあ、基本的には良い子だから…」
「はい……」
心なしか顔が青ざめている。
「あら、菊からは全然恐がってなかったって聞いたけど」
「ああ…あの時は確かに恐くなかったんですけど、後になってあれお菊先生いなかったら死んでたのかなーと思って…。そしたらじわじわ恐くなりました」
「…変わってるわね…貴方」
「そうですかね」
ひとまず頼んできます、と言ってハクちゃんへと近づいて行く。
しばらくぼそぼそと会話をしていたが、なんとなくほっとした顔で戻って来た。
「今度持ってきてくれるそうです」
「良かったじゃない」
「はい」
そう言った彼は、確かにいつもより機嫌が良かった。








「あの本をあいつに読ませるの?」
少女は信じられないとでも言いたげな声で言った。
「読ませるわ」
少女は何が悪いの?と言うようにきっぱりと答えた。
「駄目よ」
「なんで?あの人はきっと良い人だよ」
「嫌いなの」
「どうして?」
「あの男はきっと私たちから何かを奪うわ」
「差し出せばいいのよ」
「大切なものよ!」
少女の声は震えていた。
理解されない苦しみに身悶えているようだった。
「わたしには、」
少女はまたきっぱりと答えた。
「あの子たちほど、大切なものなんてない」
少女は切なげに少女を見つめる。
「わたしは何も、持っていないもの」
わたしには何もない。そう少女は言った。
わたしがあるじゃないか、と反論しかけて、少女は自分の手を見つめた。
その手は血に濡れていた。
「奪っているのは、わたしね」
少女は言った。
「それでも、好きよ」
少女は返した。
月が綺麗な、夜のことだった。
黄緑色の少年は、隣で無表情にその少女を見つめていた。



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