小説

□3度目
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「…うん」
「だんだんと慣れるかなって思ってたんですけどそんな簡単にはいかないんですね」
「本当にな」
僕らは今豪華なお城の一室にいる。
外観や内装は和風だが、周りの柵は洋風の造りだった。
僕らのいる部屋は大河ドラマなどで見る、殿様のいる部屋そのものだ。
左右を襖で挟まれ、前方には少し高い台があった。高そうな座布団が敷かれているが今は誰も座っていない。
どうしてこんなことになったのか。
僕は今日の朝もアオと共に登校する途中だった。
しかし今日は学校の手前で御巫くんと会ったのだ。
珍しいね、なんて言ってたら景色が変わっていた。…だけならもう驚かなかったのだが。
次の瞬間、僕らは水の中に落ちた。
僕や御巫くんはパニックになって水の中でもがいたが、アオは一瞬で状況を把握し、僕らの腕を引いて水面へと連れて行ってくれた。
そうやって水から出るとそこには布でできたテントのような家が建ち並ぶ村があった。
僕たちが落ちたのは湖だったらしく、突然出てきた僕たちに村人は思いの外フレンドリーで、村人たちに勧められて僕らはこの国を統治する女王様に挨拶することにした。
村人によると、ここは華の国≠ニ呼ばれていて、代々花の名前を冠する女王が治めているらしい。
門に立っていた兵士らしき人に来た旨を伝えると今の部屋に通され、女王を呼んでくるから少し待っていてくれ、と言われた。
「女王様ってどんなひとなんだろうね」
「美人だといいですね〜」
「…普通俺らの台詞じゃねえか?それ」
「だってどっちもそんなこと言うキャラじゃないんだからしょうがないでしょ」
そんなふうに話していると、部屋の左側、廊下に面した襖を開けて、1人の人物が入ってきた。
女王ではないようで、ここに来たとき話しかけた兵士的な人と同じような格好をしている。ただ、ここに来たとき話しかけた人は詰襟の服にトレンチコートのような上着を着ていたが、その人は詰襟の上に着流しのような和服を着て、同じベルトで締めていた。
「「「…‼」」」
その人物を見た瞬間、僕らは3人とも言葉を失った。
赤い髪。まるで血のように真っ赤な、つやのある髪を1つに纏めている。
それでも髪は肩甲骨の下ほどまであった。
前髪も長く、距離があるのもあって顔はほとんど見えない。
「…綺麗な女のひとだなぁ…」
「おお…」
僕と御巫くんはそれぞれ小声でつぶやく。
そう。顔はよく見えないながら、彼女は圧倒的に美しかった。
部屋に入ってくるとき。僕らを見て会釈したとき。そしてそのまま部屋の隅に座るとき。
彼女の前髪が揺れ、顔立ちがわかるときがあった。
鋭く、少し釣り気味の赤くて絶妙に大きな瞳。睫毛は長く、豊かで、近づかなくてもはっきりとわかるほど滑らかで白い肌に、形の良い鼻と唇が付いていた。
憂いを帯びた面立ちが妖艶さを感じさせる。
僕らが思わず口に出した言葉に、アオはこてんと首を傾げた。
「あの〜、お言葉ですが…あの子男だと思いますよ」
思考が一瞬止まった。
僕と御巫くんは彼女がいることも忘れて叫ぶ。
「はっ…え⁉おとっ、おと、男⁉あれが⁉」
「『あれ』だなんてそんな…そもそも女性みたいな男性は私たち見慣れてるじゃないですか、さつきくんで」
「それにしてもだろ!なんであの人が男だと思うんだ?」
「確かに詰襟で喉仏は見えないしそんなに肩幅も広くないし、男にしては薄いけど…なんとなく、男かな〜って思ったよ?」
「凄いわね、あなた。確かに剣は男だけど、みんな間違えるのに」
「いやあ、美人は知り合いに多いからねえ〜」
あははは、とアオと…突然割り込んできた女性は笑いあう。
ミルク色の髪を2つに括り、薄手の白いワンピースを着ている。
紅色の混じった目は大きく、かなり可愛い顔をしていた。
正座して横に並んでいる僕たちの横にちゃっかり座って、にこにこと笑んでいた。
「あれ、君さっきまでいなかったよね?今来たの?」
「あーうん。ごめんね、待たせちゃって。私、今のここの女王やってる3代目・蘭≠チていうの。あなたは?」
「じょおっ…⁉」
「私はアオ!こっちがエナ様で、こっちが御巫くんだよ!君は蘭ちゃんっていうんだねー、女王様ってどんなん?やっぱ女王なの?」
「わかってるじゃない、女王よ」
…どうやら意気投合したようだ。
女王だと知ったとき僕らは驚きで声も出なかったが、アオは全く気にしていないようだ。
「え、えっと…蘭、さん?」
「蘭でいいわよー」
「じゃあ…蘭ちゃん。僕ら、ちょっと探し物をしてるんだけど」
ともかく本題に入ろうと僕は蘭ちゃんに土器の話題を切り出した。
話を聞き終えた蘭ちゃんは難しい顔をしてううんと唸った。
「それっぽいのは…ある。には、あるんだけど…ううん、あった、と言うべきかしら」
「あった?」
「沈んじゃったのよね、ちょうどあなた達が出てきたっていう湖に」
「「「ええ!」」」
僕達は揃って驚愕の声をあげる。
「ひろったり、できないんですか?」
半ば放心状態で僕が聞くと、蘭ちゃんは「難しいわね」と真剣な声で言った。
「実を言うとね、あの湖にはウンディーネがいるのよ」
「アオ、ウンディーネって?」
「大精霊の中で四大元素の1つ、水を司る精霊ですよ。普通湖や泉にいるとされて…美人のおねーさんの絵が多いですね」
アオはすらすらと答える。
僕と御巫くんはへえーと気の抜けた相槌をうった。
「その…何ディーネがいると、何がまずいんだ?」
「ウンディーネだよ御巫くん」
「ウンディーネは大精霊…つまり、水属性の王みたいなもので…私達になんとかできる相手じゃないのよ。神とかが出て来れば、そりゃべつだけれど」
聞けば、湖に近づくだけで激しく抵抗されるのだと言う。
何人か魔法によって傷付けられた兵士もいるようだ。
「あの湖に落ちて無事でいるだなんて…2回目よ」
「2回目?もう1人いるんですか?」
「…ええ。その人は全く魔力を持っていなかったものだから、さすがのウンディーネも見逃したのだと思っていたけれど…あなた達は、どうしてかしらね?」
「決まってる。あの湖の中でさえもウンディーネが敵わないほどの力を持ってるやつがいたからだ」
ふいに聞き慣れない声が聞こえた。
そちらを見ると、ぴんと背筋を伸ばして赤い髪の…彼、が座っていた。
「へえ。そうなの?剣。」
「考えればわかるだろう。…こいつら、どう考えてもおかしい」
つるぎ、と呼ばれた彼は冷静な目で僕らを見た。
「おかしいって?」
「まず、そこの御巫って奴はおそらくルト神あたりの神官だ。…それも、かなり古い教えの。現代にも神官はいるが、そいつらとは明らかに違う。ズレがある」
御巫くんはぴく、と肩を動かした。
僕は驚きで声も出なかった。
アオは考えるような仕草をしている。
しかし、心なしか息が荒い気がした。
「次に、江那様。でかい魔力をガッチリ繋ぎとめてるくせに、全く安定してない。推測するに、さっきの土器の破片の魔力をまだ集めきってないからと、お前自身魔力を使った事が全く無くて、使い方も制御の仕方もわかってないからだろ」
僕はぎくっとした。全くその通りだった。
正直言って、僕は魔力が強くなっている実感すらないのだ。
急に自分が情けなくなって、恥ずかしくて消え入りたい気持ちに駆られた。
彼は、さらにアオの方を見た。
「…それで、蘭。こいつらどうするつもりだ?」
しかし、何も言わなかった。
アオは少し目を見開いて彼を見ている。
やはり少しだが呼吸が荒い。
は、は、と短く息を吐き出している。
「アオ、大丈夫?息荒くない?」
小声で尋ねると、アオはあからさまに肩を跳ねさせて、僕の顔を一瞬恐れるように見た後すぐ笑顔になって「大丈夫です」と言った。
(…大丈夫なわけ、ないと思うんだけどなあ)
最近わかってきた。
僕は彼女についてわからないことだらけだ。
それでも僕は納得したふりをして、そっか、と頷いた。




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