小説

□信じる
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「そろそろ、コーヒーメーカーを新調したいわね」
俺が三国自由ヶ丘学園スクールに来て数日。
今のところ頭のおかしいイメージしかない校長がそう言った。
「え、いいんですか!俺行ってきますよ!」
お菊先生と呼ばれている男性が嬉しそうに答えた。
それはパシリのような気もするが、良いのだろうか。
「でもいくら菊でも重いし、豆も買ってきてほしいし…大変よ、やっぱり注文することにするわ」
「あ〜〜…宏!」
「悪い、今ノート作ってる」
「さつき先生…いや、いいや」
「何でですか⁉」
「私が行こうか?」
「わたぬき先生は女性ですし…、まさか持たせるわけにはいきませんよ」
困ったように職員室を見渡す彼と目が合う。
数秒迷って、彼は気まずそうに笑った。
「劣先生…?」
「いいですよ」
「だよなー、すいません校長…」
「だからいいですよって」
「…え?」
お菊先生は目を見開いて俺を見る。
ほかの先生も、表情の変化は個人差があれど総じて驚いている様子だった。
「俺、コーヒーメーカー持つくらいの腕力はありますし」
「じゃ、じゃあ、今日の放課後とか…」
「わかりました、北門で集合でいいですか」
「お、おう」
まだここに来て日は浅いが、彼がこんな風にもごもご話すのは珍しい。
それほど距離を置かれてるんだろうな、と思った。
覚悟はしていたことだ、問題無い。
むしろここの校長のおかげで、俺は随分とまともに暮らせていると思う。
俺の名前は守上優(もりかみゆう)。
本島で狂人であることを隠して生きてきたものの、殺人罪で逮捕されたことをきっかけにそれがばれ、こっちに隔離されることになった。
法的な位置はここに来る凶悪犯と同じだが、本島でとった教員免許をそのまま適用してくれたり、多少の違いはあった。
そこで俺の何かがここの校長の目に留まったらしく、晴れてここで働かせてもらえるようになったのだ。
劣先生とかいうイジメみたいな名前を付けられて。
ただ、俺にはここで誰かと馴れ合おうなんて気持ちは1ミリも無い。
ここの人間にとって俺はどうせ殺人犯で、彼らとは違うのだ。
さっきのお菊先生の反応だって、そういうことだろう。
別にいい、と心の中で呟いた。
信じてもらおうなんて、こっちだって思ってはいないのだ。

(びっ…びっくりした…)
先ほどの出来事を思い出す。

「いいですよ」

聞き間違いかと思った。さては冗談かと。
考えてみれば、ここに来て数日、彼は1度もふざけたことがないのだ。
くすりとも笑わない。冗談な訳がなかった。
「意外に、優しいのかな」
殺人犯、と聞いている。
罪もなく、関係もない女性を理由なく殺したと。
確かに彼にはほかの人とは違うような雰囲気があるし、冷徹だと言われればそうかもしれない。
少なくとも、自分を助けようとする人ではない気がしていた。
だから最後まで頼まなかったし、頼んでも「いい」と言ってくれる気がしなかったのだ。
(印象で判断すんなってことか…。とりあえず、放課後だな)
この機会にもっと彼を知ってみよう。
そう考え、俺は気合を入れた。
「よっしゃー放課後だ!」


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