小説

□呱々阿深雪の不満
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「エナ様、呱々阿深雪(ここあふかゆき)をご存知ですか?」
始業式から数日経った日の朝、アオからそう尋ねられる。
「んー、聞いたことある気がする。その子がどうかした?」
「実は、この前相談を持ちかけられまして」
「へえ、面識あったっけ?」
「うーん、彼女の友達に縁の深い子がいまして、その子を通じて」
「ふうん」
心なしか、アオが少し困っているように思えた。
「アオ、なんか困ってる?僕に何か出来ることある?」
そう聞くと、悟られたのが意外なのか目をぱちくりさせて、少し迷ってから話しだした。
「実は、新しく来た鶏先生のことなんですけど…ちょっと、問題ありらしくて」
「…ん?鶏先生のことをどうしてアオに?」
僕は話の前後がわからなくて聞いた。
「んー、ところでエナ様、うちの学校の大学で鶏飼ってるのは知ってます?」
「うん、知ってるよ?」
どうしてそんな話を今、と思ったけれど、ありえない、でもありえそうな仮説が頭に浮かんできた。
「…まさかとは思うけど、鶏先生って…」
「ええまあ、そのまさかでして…。ちょっと…ノリで、面白いんじゃないかって話になったんですが…思ってたより嫌がってて…」
「そりゃ嫌がるよ!鶏だもん!無理矢理人間にされても嫌なだけだよ!」
「画期的なアイデアだと思ったんですけどねぇ」
やれやれと首を振っているアオを見て、頭が痛くなってくる。
だけど、これであの先生の異常なほどのやる気の無さの理由がわかった。
無理矢理やらされていたから、余計にやる気が出せないんだろう。
しかし、いくら自分が言い出したこととはいえ、あの校長がノリで教師を抜擢なんてするだろうか?
それに相手にやる気が無いなら尚更だ。
その上6年の担任だなんて。
ちなみに、こっちの学校は本島と比べ生徒人数が少ない。
その中でも今は特に少ない方で、今あるクラスは初等部から順に1年1組、2組、3年1組、4年1組、2組、5年1組、6年1組、1年1組、2組、3年1組、2組、2年1組、2組、3年1組、2組、THGA組。
生徒がいない学年すらある。
この学校が異常な体制でも一応成り立っているのもこのためだ。
まあ、それはさておき。
「それで鶏先生に呪文をかけたのがアオだから、相談持ちかけられたの?」
「まあ、そんな感じです」
「で、それをなんで僕に?」
冒頭からずっと気になっていたことを言う。
アオはううんと唸ってから小さな声で言った。
「ちょっと聞くとかなりアレで…。フォローしきれる自信が…」
「フォローするつもりなんだ…」
そりゃまあ、とアオは顔を上げた。
「校長の信用にも関わってきますし…やっぱり、6年には担任がいた方がいいですから」
「うーん…まあ、やってみるよ」
「ありがとうございます!では早速今日の昼休みに…」
「うん。そういえば、もう1人の…劣先生はどうなのかな」
「劣先生は…特には、聞きませんね。無表情で生徒と関わろうとしませんが、授業は割と上手いようですよ。教師としてはちゃんとしているらしいです」
どこから聞いたのか、ことも無げにそう話す。
この前初めて聞いたけれど、一応国家組織の〈spade〉に所属しているというから、割と学校の内情にがっつり関わっているのかもしれない。
そう思ったが、直接聞くことはしなかった。
必要に迫られたときでいい。そう思った。
朝食の味噌汁を飲み終える。
アオは基本日本食を作るのは苦手だが、今日の味噌汁は良くできていた。

昼休み。
アオと同じクラスになってからは来ていなかった中庭へと足を運ぶ。
ここで例のフカユキちゃんと待ち合わせをしている。
「あ、あのこです!」
中庭に2人の少女が立っている。
1人は青い髪で、もう1人は灰色に毛先が水色だった。
「どっちがフカユキちゃん?」
「灰色の方ですね」
「青いほうは?」
「あの子はハクちゃんです。…ま、切っても切れない縁ですね」
ハクちゃんがこちらに気づき、手を振る。
青い髪を肩の少し上で揃えている。長い前髪の間から光のない青い目が覗いていた。
アオも手を振って応えた。
「アオ、この子がフカユキ」
ハクちゃんが隣の子を示して言う。
フカユキちゃんは礼儀正しくぺこりと頭を下げた。
前髪を真ん中で分け、肩ほどの髪をハーフアップにしている。
「どうも、呱々阿深雪です」
「アオだよ。いつもハクちゃんがお世話に」
「いえ、もう1人凄いのがいるんで、そいつと比べれば天使みたいなものです」
フカユキちゃんは冷静な目をして言った。
ハクちゃんは人物を特定したのか「あー」と言っている。
アオにも特定はできているようで、「まあ、あの子は大概だからね…」と言って苦笑いしていた。
一方僕は輪に入っていけず、薄笑いを浮かべて佇むのみだ。
「…で、この人がエナ様?」
すると、ハクちゃんが僕の方を見てアオに尋ねた。
アオは頷く。
「…どうも、ハクです。アオがいつもご迷惑を」
「ああいや、全然…」
2人はぺこりと頭を下げる。
アオが、
「それで、詳しい話を聞きたいな。私に諭せるかは…あの子の気持ちの問題だし、わかんないけど」
と切り出す。
フカユキちゃんは、少し俯いてはい、と言った。
「1番最初は始業式の後の学活でした。あの人が教卓の後ろに立って私たちに話をしたんです。まずその内容で、みんなショックを受けたみたいでした」
「…何て言ったか覚えてる?」
「…一言一句、覚えてます。
『皆さんに最初に言っておきたいことがあります。まず、僕には皆さんの名前を覚える気はありません。もともと僕は大学にいた鶏で、校長たちの悪ノリでこんな姿にされ、このクラスを押し付けられています。すぐには元に戻れないようなので必要最低限の仕事はしますが、いかんせんやる気は無いのでその他の努力やサポートは一切致しません。この学校には素晴らしい先生方ばかりのようですが、彼らと君たちとの絆は僕からすれば茶番としか言いようがないし、世の中にはこんなクズみたいな動機で先生やってる奴もいるって、そろそろ現実見るべきだとも思います。僕に先生の夢を見るのはやめてください。それ以外はここであえて言うようなことはありません。質問が無いならばこれで僕の話は終わりです』
…こう言いました」
フカユキちゃんは少し話し疲れたのか、ふう、と息をついた。
ハクちゃんは相変わらず暗い瞳でフカユキちゃんを見ていた。
「…そりゃあ………やばいね」
アオも僕も、言葉を失った。
鶏先生…。やる気が無いとは思っていたけど、まさかここまでとは。
いや、ここまでくると逆に何らかの実行力を感じる。
「でも、フカユキが怒ってるのはそこにじゃない」
ハクちゃんが言う。
「まりあが、担任が来るの本当に楽しみにしてたから…」
フカユキちゃんは俯いたままでそれを聞いている。
「まりあ?」
僕は新しく出てきた名前を繰り返した。
「まりあは、フカユキとすごく仲がいい子。いつも2人一緒で」
ハクちゃんが教えてくれる。
「私たちには、5年間ずっと担任がいなかったんです。まりあ、1年下の子たちのこと、ずっと羨ましがってて」
そういえば、と僕は思った。
今の5年生はしゃくらく先生が新任のときからついたから、2年前から担任がいる。
そのほかにも初等部の先生はいるが、今の6年生には1度も担任がついたことがなかった。
授業はずっと講師に任せてあったのだ。
その講師も、たとえ短い期間で変わるとはいえ校長が選んだ人だからきっと素晴らしい先生だったんだろうけど。
「講師の先生はみんな優しかったけど…それでもやっぱ、担任が欲しいなって言ってて。うちの校長先生、担任を講師にしてちょくちょく変えるとか嫌みたいで、講師の人は担任にしてくれなかったから。でも、やっと来たのがあれで」
フカユキちゃんが顔を歪める。
あれ、という言葉に皮肉な響きがこもっていた。
「…どうするべきかねぇ」
アオが腕を組んで首を傾げる。
僕もうーんとそれに倣った。
「アオ、1度校長と話した方が良いんじゃないかな。採用を決めたのはあの人な訳だし…それに、あの人の教師としての資質を見抜く能力は確かだ。何か確信的な直感があったのかもしれない。どちらにせよ、もう少し様子を見てみるべきじゃないだろうか?」
よくわからないけど、と付け足す。
「…そうですね。何だか今期の教師は両方とも一悶着ありそうですし、ちょっとこの機会に探りを入れてみましょうか…」
「私たちも、もっとよく見てみようと思う」
「真剣に考えてくれて、ありがとうございました」
フカユキちゃんは深く頭を下げる。
まだ6年生になりたてにしてはしっかりした子だと思った。
「じゃあ、私たちはもう帰る」
ハクちゃんが手を振る。
「本当にありがとうございました!」
フカユキちゃんはもう一度お礼を言いながら去っていった。
その姿が見えなくなってから、僕は口を開く。
「鶏先生ってさ、よっぽど鶏のままがよかったんだね」
「えっ?」
「だって鶏でいたかったから嫌がってるんだろ?もしかしたら恋人とかいたのかもなあ」
アオはなるほど、と言って何を考え込んでしまった。
「…恋人…、じゃあ…」
「アオ、もう教室に行かないと」
アオがパッと顔を上げる。
「エナ様、ならこちらに人間の恋人を作って仕舞えば良いのではないでしょうか⁉」
「えっ」
「ならば逆に鶏に戻りたくなくなるはずです!」
「いやいや…、それ鶏の恋人いたら結構むごいから…」
「だめですかぁー」
「でも考え方は悪くないね。そうか、逆に鶏に戻るデメリットを作るんだね」
「ええ!それで…」
キーンコーンカーンコーン…
アオの言葉を遮って鳴るチャイム。
「「あ…授業…」」
走った。



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