小説

□お菊先生のお仕事〜本島編〜
1ページ/3ページ


時は1年前の1月。
まだ陰鳥家が平和な頃。

「どおおすっかなああああ〜」
お菊先生(以下菊)は困っていた。
ことの始めは昨日の朝。校長室に呼び出されたことから始まった。

「最近本島で通り魔事件が相次いでいるらしくてね。犯人はおそらく男。被害者は女性ばかり。大体のケースがナイフで体に一太刀ね。死亡は…まだ、ないようよ。ただ、目撃情報が全くといっていいほどなくて、監視カメラ映像も無し。張り込みをしても悟られたのか事件が起きず、もうお手上げ。こちらへ協力を依頼__というと聞こえはいいけれど、平たく言えば人柱を立てなきゃならないわけよ」
校長は机の上で手を組んで言った。
皮肉のこもった言い方に菊は内心苦笑する。
「…行けと?」
菊はもともと黒髪なので、本島への出張任務がまわってきやすい。
「流石菊ね、よくわかってるじゃない。でもね、それだけじゃないのよ」
校長の顔が真剣なものになる。
菊はおもわず身構えた。
「本島で有名なケーキ屋の…季節限定フルーツケーキを買ってきて欲しいの…!」
「どうでもいい‼‼」
菊は叫んだ。
「どうでもよくない!本島にしかない個人経営のとこだし季節によってフルーツが変わるんだけど今年のは特に美味しそうなのよっ…‼お願い菊〜〜‼‼‼」
必死の形相で頼み込んでくる校長に、菊はだんだんと絆されはじめた。
もともと頼まれたことを断るのは苦手な性分だ。
「わかりましたよ!買ってくればいいんでしょう⁉」
「ありがとう!菊お願いね♡」
「もう、調子いいんだから…」

そんなやり取りがあった末、今菊がいるのはその店の前。
白を基調とした可愛らしい店内に怖気づいてしまって、入ることが出来ないでいた。
といっても、菊の姿はいつものジャージ姿の男性ではない。
黒いカーディガンを羽織って細身のチノパンをはいた女性の姿だ。
今日朝一でアオに変身を頼んだ。
というのも、逮捕の対象となる通り魔が女性しか狙わないため、現行犯逮捕と証拠の獲得を目指せば自然とこうなる…と、校長が笑いで肩を震わせながら説明した。
「でもほら!それなら、ケーキ屋にも入りやすいじゃない!ね!」
「え、ええ、菊。フフッ、とて、とても…可愛らしいわ…ぷっ」
「似合っ…んふっ、似合ってるわよ」
「interessant und lustig…」
「え、えと、か、可愛いとおもいますよ!」
「ぶふっ…!菊おまっ…!」
「あはははははははは!最高だわお菊先生!」
順に、校長、銀沢先生、永遠先生、境子先生、さつき先生、宏木先生、わたぬき先生である。
かくして、中、高等部教師陣全員から笑い者にされた菊だったので、可愛らしい女の子のいるオシャレな店に、完全に気負けしてしまったのだ。
「…どう、したんですか?」
「⁉」
突然背後から声をかけられる。
見ると、優しそうな好青年が立っていた。
年は19か20ぐらいだろうか。
菊に向かって、爽やかに微笑んでいた。
「いやぁ、えと、上司に頼まれてケーキを買いに来たんだけど…なんか、入りにくくて」
青年は一瞬考えて、まあカップルとか友達連れが多いですからね、と言った。
「じゃあ、僕と一緒に入りませんか」
「怪しかったですよね…は?」
「お嫌ですか?」
「え、嫌、ではないけど…」
「じゃあ、ちょっとお茶しましょう」
そう言って腕を掴まれ、店内に連れて行かれる。
店内には先ほど青年が言った通り、カップルや友達同士で来ている人が多いようだった。
「じゃあ僕はエスプレッソと…ベイクドチーズケーキかな。あなたは、どうします?」
「え、じゃあ…何がいいんだ?」
菊はきょとんとして迷ってしまう。
「甘いものがお好きでしたら、こちらの辺りがお勧めですね。逆に、こちらの方では、甘さを控えて作っております」
店員さんが慣れた様子で紹介してくれる。
「うーーん、じゃあ、このバームクーヘンみたいなやつ…?」
「ミルフィーユですね、かしこまりました。ご一緒にお飲みものはいかがですか?」
「じゃあ、コーヒーをブラックで」
校長からもらった金の入った財布とは別に自分の財布を出そうとすると、彼に片手で緩く止められる。
「ここは僕が持ちますよ、予定外の出費なんですから」
「え、でも…」
「いいから、あなたは本来の目的を果たしてください」
そう言ってさっさと代金を支払ってしまった。
「あ、ありがとな…」
「いいえ、実は僕もここに入りにくくて」
にこりと笑う。…イケメンだ…。
「じゃあ、このホールのフルーツケーキを」
「お持ち帰りですね。かしこまりました」
店員さんがケーキを包んで渡してくれた。
「じゃあ、席に行きましょうか」
青年が言った。ケーキとカップの乗ったプレートを持っている。
「お、おう…ありがとな…」
「いいですって」



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ