小説

□一息つこうか
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僕があの石山に着くまでのことを語り終えた御巫くんは、どこか迷いを感じさせる目をしていた。
僕達を呼びに走ってきた菊から概要は聞いたけれど、菊がいない時もあったので主にその時のことを詳しく聞いていたのだ。
『………冬馬、くん…』
アオの声を思い出す。
いつも明るくて、飄々としていて、暗い部分なんて微塵も感じさせないような彼女の声。
そういう印象だった。
あの男が来るまでは。
思えばあの夜から、たくさん彼女の暗い声を聞いている気がする。
隠していたのか。
僕とあってから、10年間。
…ずっと、抱えてきたのか。
あの男との関係はわからない。
ただ、思うことはひとつだ。
彼女は、僕の大事な家族だ。
愛して、必要ならば叱るだけだ。
切り離しなどするものか。
僕は布団に寝かされたアオの前髪を指で弄る。
「早く起きなよ」
白い顔に、昼の光が射していた。

アオが起きたのは夕方になった頃だった。
起きてすぐ、アオは僕に謝罪した。
そして、11年前、僕と出会う前のことを話しはじめた。
それは衝撃的な内容だった。
〈spade〉。噂だけの存在かと思っていた。
アオがそれの一員で、あの男_冬馬と幼馴染だったなんて。
そして、とアオは続ける。
「詳しくは……語りたくないのですが、私がとてもひどいことをしてしまって、冬馬くんともどもその子に嫌われてしまって…」
出来ればその部分こそを語って欲しかったのだけれど、アオはもうじゅうぶん吐き出しただろう。
そう思った僕は、そっか、と言った。
「…それと、この際エナ様に言っておきたいことがあります」
「僕に?」
「ええ…あなたの、力のことです」

むかしむかし、まだ人間がお米を作り始めたばかりの頃。
1人の男の人がいました。
その人はとてもつよいちからを持っていて、しかもやさしく、かっこいいひとでした。
しかし、ある日その人はしんでしまいました。
その体にはものすごいちからがまだのこっていました。
そのちからをわるいことに使われるのをおそれた神さまたちが、その人がとても気に入っていた壺をこわし、その破片のひとつひとつにちからを分けました。
そしていつの日かその人がうまれかわったとき、もういちどその体にちからをもどそうと、その人の魂からもちからをとって分けました。
その破片は日本のいろんなところに置かれて、いまもちからを秘めたままなのです。
おわり。

「…そして、この物語に出てくる男の生まれ変わりというのが、エナ様…あなたなのです。」
シュッと音を立てて紙芝居を1番最初のページに戻すアオ。
僕は口を開く。
「…アオ」
「…何でしょう」
真剣に見つめ返してくる。
「ふざけてる⁉」
「ふ、ふざけてなんかないですよ!ただ、わかりやすいかなぁって!そもそも私はもうちょっと空気の軽い場で披露するつもりだったんです!でも、せっかく作ったから見せたいなあって!思って!」
「やっぱりちょっとはふざけてるじゃないか!あれだろ!最近のシリアスな雰囲気に耐えられなかったんだろ!」
「誤解ですよ!そもそも始まってから今までろくにギャグしてないじゃないですか!シナリオ真面目すぎますよ!」
「何の事を言ってるんだよー!」
「お、お前ら、ちょっと落ち着けば…?」
御巫くんに諭され、2人してはっと我に返る。
「あ、あぶない危ない…ついつい2人してMT発言を繰り返してしまった…」
「う、うん…ごめんね、アオ。なかなか味のある絵だったよ」
「エナ様…いいえ、私こそ冷静になれなくて…」
ひとしきりお互いで歩み寄って、真面目な内容に変える。
「それで纏めると、僕がカンナギ村で触ったようなやつがいっぱいあるってこと?」
「はい。それで、冬馬くんの襲撃に対応できるようエナ様も力をつけるべきだと思いまして、その破片が1番力のあった年代に行けるよう、空間組み立てワープ呪文を建てたんですけど…あいにく、いつ行くかを選べないようにしてしまいまして」
「…それで、カンナギ村に急に行ったりここに急に来たりしたわけか…てかアオ、知ってたんならもっと早く言ってくれればいいだろ⁉」
「それじゃおもしろくないでしょう‼‼‼」
今日1番の大声で叫ぶアオ。
至極まともなことを言ってる風の顔をしているが、実際はまとものまの字もない。
「…それじゃ、ここにもその破片があるっていうのか?」
御巫くんが顎に手を当てて言う。
「うん。そこらへんの設定は間違えてないからあると思う。それから、破片に触れたら自動的に帰れるようにしたんだけど…」
「帰れなかったよね。カンナギ村では」
「はい。おそらくあの…青色の青年が関わっているかと。あんなに大きな魔力がそばにあったので、呪文が潰れちゃったみたいですね」
「そうか…何はともあれ、破片のこと、菊ちゃんとかに聞いてみよう」
御巫くんが言う。
僕たちはそろって頷いた。




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