小説

□冬馬とアオ
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夢を見ていた。
まだ私がここに来て間も無い頃。
まだ黄色い髪のあの方に忠誠を誓う前のこと。

この人口島には狂人だけでなく、無期懲役や死刑の判決を受けた罪人も送られてくる。
しかし、その罪人達はこの島で平穏に生きていけるわけではない。
まず狂人の子供に与えられるような生活保障が与えられない。
つまり、ゼロの状態から生活を始めなければならない。
また、もともと無期懲役や死刑の判決を受けた身のため、人口島内での犯罪は厳禁である。
人口島内でどれだけ財を成していたとしても、どれだけ幸せな家庭を築いていたとしても、最終の判決が懲役4年以上の罪を犯した場合は国による処刑が実行される。
と言っても、1度与えられたチャンスを無駄にした者への罰は厳しい。
処刑は通常の絞首刑ではなく、洗練されたエージェントとの戦闘において実行される。
被告人が警察に逮捕されていない場合でもエージェント達は独自に捜査を行い、被告人を発見した場合罪状を伝え自供を勧め、または速やかに処刑を実行する。
その場合は情状酌量の結果としても明らかに懲役4年を上回る判決が出る場合、または被告人及びその近くの人物がエージェントに対して危害を加えた、または加えようとした場合、または被告人が一定以上の規模の犯罪組織に属していた場合である。
アオはもともとこのエージェントの一員として、秘密警察〈spade〉に属していた。
冬馬は弱冠12歳でそのエージェント達を束ねる司令官の地位を得ていた。
秘密警察といってもごく小規模な組織で、そこに属するエージェントは今日に至っても冬馬を入れて7人のみであった。
また、アオはエージェントとしての教育を受ける過程で、冬馬と共に行動していた。
平たくいえば、2人は幼馴染なのだった。

冬馬は恋をしていた。
相手はある魔道士の弟子だった。
連日アオを連れて会いに行っては、その日の会話の反省点などをアオと共に話していた。
冬馬はアオが好きだった。
たとえ彼女が不幸≠セとしても、関係のないことだと思っていた。
たとえ彼女といることで不幸になったとしても、それ以上の幸せを彼女からもらっているという実感があった。
アオは冬馬が好きだった。
これほどまで自分を近くに置く人間というものに、アオは久しく会ったことがなかった。
たった一人いたけれど、遠い昔に死んでしまった。
冬馬の好きな人は好きになれた。
2人を幸せにしたくて、その日の会話の反省会も、とても真剣に参加した。
だけど、その人とはどこかで一線を引いていた。
自分が不幸≠ナあるとは明かさなかった。
ある日、魔道士の弟子にアオが不幸≠ナあることがばれてしまった。
彼女は2人に向けて蔑みの言葉を吐いた後、師と共にどこかへ行ってしまった。
冬馬は嘆いた。
彼女がいなくなる以上の不幸≠ヘなかった。
冬馬はアオが好きだったけれど、彼女以上に好きではなかった。
アオは打ちひしがれる思いだった。
涙ながらに胸ぐらを掴み、その人への愛とアオへの憎悪を訴える友達だった人≠ノ、ただただ謝るしかできなかった。
どうしてくれるんだ、あの人は遠くへ行ってしまった。もう嫌いだって言われた。どうしてくれるんだ。
ごめんなさい、ごめんなさい、嫌いにならないで、責任を取るから、わたしはずっときみの近くにいるから。
その謝罪は鎖となって、アオに巻きつく結果となった。
江那と出会い、住居と家族と居場所を得た後も、未来自由ヶ丘学園スクールに入学した後も、それは解けることはなかった。
何故なら彼女はエージェントだからだ。
冬馬と会わない訳にはいかなかった。
冬馬が江那の両親を消した理由は、考えてもわからなかった。
ただ、自分のせいだろうな、とは思っていた。
アオは冬馬が好きだった。
今でも、好きだった。
冬馬もアオが好きだった。
その人ほど好きではなかっただけで、あれで嫌いになるほどの好きではなかった。
ただ、そうとは表に出さなかった。嫌いになったふりをした。
もう誰も愛したくなかった。




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