小説

□曇天
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同時刻、カンナギの森、石山頂上。
そこには緊迫した空気が流れていた。
菊、アオ、御巫の3人のほかに1人の男がいる。
灰色の髪。灰色の瞳。こちらを見る瞳に温度は無く。
「ぁ…ぅ、うぅ…」
その男は、片手で菊の首を掴み、空中に持ち上げている。
菊はじたばたと抵抗してはいるものの、全く効果は無いようだ。
「…その子を離せ」
御巫が言った。
「おい、もしかしてエナの両親を消したやつか…?」
「うん…そうだよ」
アオはいつもと違って歯切れが悪い。
御巫は少し不思議に思ったが、きっとあの男に対する恐怖からだろうと考えた。
(…何か違うものな気もするが)
「その子を離せ。お前は誰だ?目的は?」
「…俺の名前は、冬馬。目的など…知る必要はない。それから、このガキは邪魔だったから退かそうとしただけだ」
そう言って、冬馬は菊を横へと投げ捨てる。
菊は受け身をとって着地したようで、ダメージは少なそうだった。
御巫とアオはひとまず安堵の表情を見せる。
「それにしても…驚いた」
冬馬が目を細めて言った。
「何がだ?」
御巫が聞く。油断無く、右手に力を集めながら。
「まだお前の主人は何も知らないようだな……アオ」
「……‼」
アオが全身を硬直させた。
御巫は驚いたような表情でアオを見た。
「アオ、こいつのこと、知ってたのか⁉」
「………」
「どうなんだよ‼」
御巫の声に怒りが混じり始める。
アオは目をかたく閉じて俯いた。
「やめてやれ…そいつにしては1番知られたくないことに直結することだ……もっとも」
冬馬がはじめて笑顔らしきものを見せる。
暗い感情に満ちた目で、アオを見ていた。
「そいつには知られたくないことが多すぎると思うがな…」
「…おい、アオ…」
「………知ってた…ずっと、はじめから」
「何で言わなかったんだ!」
ごめんなさい、とアオは言った。
御巫は何か言おうとして、言葉が出てこないようだった。
ごめんなさい、と呟き続けるアオの瞳は虚ろで、どこまでも暗い青で塗り潰されていた。
「…おい、今回は忠告に来た」
「忠告…?何だ、それ」
「幸せになりたければ=cそいつとさっさと縁を切れ」
「はあ?」
「俺は言ったぞ…。あとはお前ら次第だ」
男はゆったりとした足取りでアオの横を通り、すれ違いざまに肩を撫ぜた。
「…俺から逃げるな」
森に消えていく。
あとには3人だけが残った。
アオが膝から崩れ落ちる。
呼吸は荒く、顔は青白い。
「アオ…おい、大丈夫か?」
もしかしてこいつはとんでもないものを抱えているんじゃないだろうか。
自分の想い他人を崇める少女に対して、御巫はうっすらとそんな思いを抱いた。
「大丈夫、だから…、冬馬くんが、来たって、エ、エナ様、に、言っ…、はぁっ…言わ、ないと…」
「アオ…。とりあえず、息、戻せ。な?」
何故だかわからないが少しの違和感を持ちつつ、背中をさすってそう優しく言うと、アオは怖れるような目で御巫を見た。
「アオ‼御巫くん‼大丈夫⁉」
すると、江那が石山を登ってくる。
どうやらいつの間にかいなくなっていた菊が知らせに走ったようだった。
メルトと磯辺も心配そうにアオ達の方を見上げている。
「俺は何も問題無い。だけど、アオが…」
「アオ!アオ、どうした?大丈夫か?」
江那はアオに駆け寄って、その背を撫ぜる。
アオは荒い呼吸のままで苦しそうに、助けを求めるように江那を見て、
「………冬馬、くん…」
気を失った。
「…冬馬、って…誰?」
倒れたアオを抱きかかえながら、江那は御巫に問いかける。
「お前の、両親を消したやつだよ…さっき、いた」
言いながら御巫は違和感の正体に気づきはじめていた。
『冬馬くんが、来たって』
どうして自分の主人の両親を消した男「冬馬くん」などと呼ぶのか?
『………冬馬、くん…』
どうして気を失う直前に呼ぶ名前が、目の前にいて自分に呼びかけていた江那ではなく冬馬なのか?
アオを運ぶのを手伝いながら、御巫は不信感を募らせていた。



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