小説

□曇天
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「メルトちゃん…」
彼女は震えていた。
顔は青白く、生気が感じられない。
しかし、その目はしっかりと磯辺さんの方を見ていた。
「違うって…どこが?」
僕が言うと、メルトちゃんは僕の方を向いた。
「だって、菊はそんな程度のことで貴方を嫌いにならない…ううん、なれないと思うの」
途中からはまた磯辺さんの方を向いていたが、僕に対しても言っていることはわかった。
「だって、だって、菊は…誰かに必要としてもらいたいだけだもの」
磯辺さんが目を見開いた。
信じられないような目でメルトちゃんを見ている。
「菊が貴方にあんなにも固執するのは、この出神家の中で菊が存在することで喜ぶのが貴方だけだったからよ!それに私達が毎日ここに来るのは、菊が毎日無意識に私達を呼ぶからよ!あの子は馬鹿じゃない。貴方がここを離れようとしていることくらい感じ取ってる。だからこそあんなに嫌がってるの。貴方がいなくなれば菊はどうなるの?私達には何もしてあげられない!菊は…」
メルトちゃんはそこで一度言葉を切る。
ふっと俯き、もう一度顔を上げた。
その目には涙が浮かんでいる。
縋るような感情が、そこにはあった。
「菊はひとりになってしまうわ…!」
涙が堰を切ったように溢れ出す。
それでも彼女は叫び続ける。
「それに私には貴方が何を怖がっているのかわからないわ!貴方みたいな人の誇りだなんて言われて誰が蔑みなどできるかしら!ただただ嬉しいだけよ!馬鹿!」
やめないでよ、とメルトちゃんは言う。
「必要なのよ、貴方が!…私達にも、菊にも」
磯辺さんは迷うような目をして、でも、と言った。
「許すでしょうか、親族が。あんな…神を試すような行為を」
「私が許すわ!神だもの!」
「…はは、それなら大丈夫ですね」
磯辺さんはいつもより少し子供っぽく笑った。


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