小説

□出神磯辺の懺悔
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まだ、私が未熟だった、10歳の頃です。
修行を終え、晴れて神官の資格を得たばかりでした。
修行中の身でありながら実力を評価していただいていた私には、当然のように次の神主の座が用意されていました。
それは私にとってとても光栄なことであり、出神の名を背負うことは素晴らしいことだとも理解はしておりました。
しかし、私には教師になるというかねてよりの夢がありました。
私は2つを天秤にかけ、悩みあぐねていたのです。
もともと、この行為自体が間違っていたのでしょう。
神に仕える神官と、自分の勝手な希望を天秤にかけるなど、彼らに対して失礼としかいいようがありません。
それに気付かない私は、図々しくもその選択を神に委ねることにしたのです。
私は、神に祈りました。
未熟なわたしには決めることができない、どうか貴方達の考えを示してほしい__と。
もし私に神官になることを望むのならば、男しか産まれないこの出神家に、女子を産んでみせてください。
黒い髪で黒い瞳の、正真正銘出神の女子を。
………もう、おわかりですね。
そうして産まれた私の妹、それこそが菊なのです。
私は神の意思を感じ、神主の座を受け継ぐことを決意致しました。
しかし、またもや私は間違えたのです。
それを完全に事後報告する気でいたのです。
すると、出神から女子が産まれる訳がないと考えた親族が、母の不貞を疑いはじめました。
私がいくら話をしても、母を庇っているといって取り合ってくれません。
子供に罪は無いとして菊は出神家で育てられることになりましたが、母は一族から追放されてしまいました。
私はそのとき初めて、自分のしたことの愚かさに気がついたのです。
私はそのことを父に打ち明け、神官の資格を剥奪してほしいと言いました。
しかし父はそれは駄目だと私を諭しました。
「よく考えてみろ、磯辺。お前は自分の勝手で菊を産み出したんだぞ。それはお前に神官でいて欲しいというルト神達の希望だ。お前はそれを裏切るつもりか。お前はただ結果から逃げようとしているだけではないか」
そう言われて何も言い返せなかった私は、父の言うことに従い、改めて神主の座に就いたのです。
…それから、10年が経ちました。
菊もあのように成長しました。
私のせいで母がいなくなり、親族から生温かい視線を向けられているとも知らず、菊は私にあんなにも懐いてくれています。
私からすれば、菊は私の神官としての誇りともいうべき存在であり、ただ1人の妹です。
愛しくない訳がありません。
ただ、こんなにも罪深い私の手が綺麗なあの子の髪を撫ぜ、あの子がそれを目を細めて嬉しそうに受け入れるさまを見ていると、どうしても深い罪悪の念が胸の中を支配してやまないのです。
菊が神官としての私に憧れていてくれることはとても嬉しいことなのですが、そうであるならばもっと、私は神官でいてはならないような気がするのです。
私よりももっと神官を愛している方がきっといるはずなのですから。
教師の仕事を選んだのは、以前目指していたこともあって不自然ではないこと、それから別の市町村で受験すればそこで仕事ができることを理由としてです。
一国か三国で受験をするつもりなので、あまりこちらには帰ってこないでしょう。
そうすれば、菊もいつか兄離れできるはずです。


「それは違うと思うわ」


男しかいないこの空間の中、金色の髪をもった美しい少女が、気丈に私を見つめていた。



なあ菊。お前が幸せになれるなら、私はどんな罰でも受けよう。

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