小説

□出神兄妹喧嘩
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「兄さんの馬鹿っ‼大嫌いだッ‼‼」
「っこら、待ちなさい菊!」
菊が窓から飛び出していく。
磯辺さんと共にすぐに窓に駆け寄ったけれど、もう外に菊の姿はなかった。
「…磯辺さん…」
「どうしましょうか…」
こんなことになったのは、ほんの数分前…

大事な話がある、と磯辺さんが言った。
「祈神祭が終わったら、引退しようと思ってる」
そう言って、磯辺さんは朝ごはんを食べ終わり、手を合わせた。
「なんで」
菊が言った。その声には絶望的な響きがあった。
「前々から考えていた。引退した後はこのまま大学の課程を修了して、教員試験を受ける。受かればそのまま教師になる」
「神主は?公治さんに譲るの?」
「そうだな」
「あの人はやりたがらないよ。だってずっと言ってるもん。兄さんほど素晴らしい神官はいないって。自分は神主の器じゃないって」
「…あの人は、私なんかよりずっと良い神官だよ」
公治さんが誰かわからないが、恐らく身内の誰かなのだろう。
「私はもともと神官になる資格なんてないんだよ」
「そんなことない!」
「菊にはわからないだろうけど__」
磯辺さんがこう言った瞬間。
菊の何かが弾けたような気がした。
からん、と音を立てて箸が落ちる。
「わからない?」
すっと立ち上がって、磯辺さんを見下ろす。
声と唇がふるふると震えていた。
「わからないって?なんで?あたしが子供だから?女だから?神官じゃないから?」
「…菊、違う」
「あたしが、出神の子供じゃないから?」
「菊!」
「もういいよ!」
そうして、冒頭に戻る。

磯辺さんは頭を抱えていた。
「菊…」
「あの、磯辺さん…」
僕がかける言葉に迷っていると、アオが徐に口を開いた。
「ねぇ、いそべん。私はさ、菊ちゃんにとって君はどんな存在なのか、今一度考えてみてあげて欲しいのだけれど」
「菊にとって…私が?」
「菊ちゃんはこう言ってた。『兄さんみたいな兄さんになりたい』ってさ。考えてみてよ。自分が女だってこと、菊ちゃんは痛いくらいわかってるはずだよ」
「じゃあ…どうして?」
僕はアオの言いたいことがわからなくて、首を傾げた。
「菊ちゃんはさ、君になりたかったんだよ。優しくてかっこよくて強くて、周りからも天才って言われてる神官=Bでも彼女はもう10歳だぜ。もう神官にはなれないってわかってるはずだ。だからこそ菊ちゃんは、君に神官でいて欲しかったんだ」
「……………」
「君のやったことは昨日メルハルちゃんから聞いたよ。なかなか大胆なことするね」
「…私のせいなんです…菊も、母さんも」
ちょこちょこ呼称に個性が出ているが、アオの言っていることは正しいような気がした。
「今度ある祈神祭にも出ちゃだめって言われたし。でもいいよ、兄さんが出るから。」
菊の言葉を思い出す。
諦念に満ちたあの言葉に、菊は微かな希望も織り交ぜていたのだろう。
「…磯辺さんは、昔…何をしてしまったんですか…?」
僕は勇気を出して聞いてみた。
磯辺さんは、僕から視線を背けて、俯いてしまった。
「エナ様、私は菊ちゃん追いかけてきますね」
「うん、わかった」
「俺も行こう。エナ、よければ後で聞かせてくれ」
「うん」
御巫くんとアオが窓から飛び出していく。
玄関から出たらいいのに。
「…まだ、私が未熟だった、10歳の頃です」
磯辺さんは語り出した。
自分が壊してしまったものの重さを、確かめるように。






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