小説

□恨み辛みなんとやら
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「…ふう。お風呂気持ちよかったー…ん?」
夜。あの後夕食を食べさせてもらって、お風呂をいただいた。着替えは神社の修行用の服を貸してもらった。
お風呂から部屋までの廊下の窓。
そこから御巫くんが暗い森を眺めていた。
「御巫くん。どうしたの?」
「…エナ。」
御巫くんは、ゆっくりと僕の方に振り向く。
僕は御巫くんの横に移動して、返事を待った。
「…村のこと、考えてた」
「…ああ」
昼の話が思い出される。
「…おれさあ、一回いったじゃん。小さい頃に父さんと母さんがが死んだって」
「うん…言ってたね」
「不幸狩り≠ナなんだよ、それ」
「え…」
「結局誤解だったんだけどさ。殺された。村長が俺を引き取ってくれるとき、不幸を恨むな、って言った。これは不幸≠恐れて恨んだ愚かな人間のしたことだから、お前が恨んではそいつとおなじだ、てさ」
「…そう」
「3年後…だったよな。あれから。まだ村長も、生きてただろうし……。俺の家族は、不幸≠ノ2回も殺された」
「…御巫くん」
「恨みたくない。不幸狩り≠した奴らと同じになんて死んでもなりたくない。…けどさ、どうしても思っちゃうんだよ」
次の言葉を聞いた瞬間、僕はなんだか泣きたくなった。
悪態なんて滅多に吐かないこの子が、人を殺せそうなほど鋭い目をして。
夜だということもわかっているだろうに、腹の底から、どす黒い声で叫ぶものだから。

呼吸が出来ない。
苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。
自然に、死にたい、と口に出していた。
死にたい。
死にたいのと同じくらい、死ねない理由が欲しい。
生きたい。
まだ何も出来ていない。
今いなくなるわけにはいかない。
たとえ、私のせいで誰が泣こうと。誰が死のうと。
あの人が、全てを理解するまで。
あの子が、また何かを愛せるようになるまで。
生きたい。
死にたい。
それよりももっと、愛されたい。
誰かに私を愛してほしい。
生きなければ。まだここにいなければ。
それでも、彼の言葉は容赦なく私の心臓を抉り取る。
彼はきっと私が聞いているなんて全く意識していないだろうけれど。
痛い。苦しい。辛い。死にたい。
だけど浅ましい私の心は、また1つの小さな幸せで、また生きたいと思ってしまうのだ。
彼が、恐らく最後の言葉ーーー、いや、呪詛を口にする。
この建物全体に、響きわたるような声で。




「あいつなんかがいるから‼‼‼‼‼‼」




叫びたいのはこちらの方だ。
死ねるものなら死にたいものだ。
あるいは私に感情などなければ、もうこの世にはいなかったのかもしれない。
こんな我が身でも可愛いものは可愛いのだ。
ごめんなさい。臆病でごめんなさい。
騙していてごめんなさい。殺してしまってごめんなさい。
生きていてごめんなさい。生きたいなんて、思ってしまってごめんなさい。
敷かれた布団に倒れ込む。
白い布地に広がっている青い髪を、ただ呆然と眺めていた。


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