小説

□青春のかおり
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「よし、じゃあ部屋にも案内したし…どうする?これから」
「うおおおおおおい菊ーーーーーー‼‼‼‼‼てめえ出てこいこのヤローーーーー‼‼」
部屋に取り敢えず鞄を置いて、菊がそう言った直後。
耳をつんざくほどの少年の声が聞こえてきた。
「な、な、誰これ⁉」
「んー、近所のガキだね」
菊は至極落ち着いた様子で玄関へと向かう。
途中で磯辺さんと会って、「ケガした子はちゃんと連れてくるんだぞ」と言われていたから、たぶん日常茶飯事なのだろう。
菊と連れ立って玄関から出ると、菊より少しだけ背の低い少年が、意気込んで立っていた。
人参色の短髪で、目も同様の色だ。
握り締めた拳がふるふると震えている。
ふと菊の後ろにいる僕たちに目をとめ、数秒後にはブスリとして菊を睨んだ。
「おい菊、誰だよこいつら」
「んあ?ああ、森で迷ってた人。うちで泊まることになってんの」
「へーーーーーー」
「何?やるの?やらないの?」
「や、やるっ!やるよ!」
いくぞっ!と意気込んで少年が地面を蹴った。
助走のスピードを活かして勢いよく拳を菊に叩き込もうとする。
…が。
「う、うわ、わあっ!」
「はい、終わり」
腕を掴まれそのままの速さで柔道のように投げられる。
背中から神社の石畳の上に落とされ、背中をさすりながら起き上がる。
そして、菊をキッと睨んだ。
「なんだよ今の!」
「なんだよって、投げ技だけど。柔道の。」
「違う!ちゃんと拳でたたかえっていつも言ってんだろ!」
「面倒くさいし、痛いのはあんたじゃない」
「うるさい!女のくせに、なめやがって!」
「あたしがなめてるんじゃなくて、あんたがなめられてるんじゃん」
「うるさいっ!黙れよ、寄るなブス!」
口喧嘩に発展して、菊がずいっと顔を寄せると、少年は耳まで真っ赤にしてブス、ブスと連呼している。
「青春ですね〜…」
「うん…なんか、微笑ましいなあ…」
アオがにやけながらうんうん頷く。
「菊、この子は?」
「ああ、同級生の冴島金哉(さえじまかなや)。毎日負かしてる。この前あたしに悪口言ってメルトに怒られて泣いてたけど、これ言ったらまた怒って面倒くさいから内緒で」
「う、うるさい!全部言ってんじゃねーか!てか、お前らこそ名乗れよ!」
「僕は陰鳥江那、こっちがアオで、この子が御巫くん」
それぞれ紹介する。もちろん笑顔は大事だ。
「うさんくせー連中!特におまえ!」
びしっ!と僕を指されたかと思いきや、どうやらアオの様だった。
「あれ、わたし?」
「おまえ、なんかやな感じなんだよなー!」
「ええー…何それ…」
「うるさいなっ!とっとと菊のとこからでてけよ!」
「おい金哉!この人はメルトたちの知り合いなんだぞ!胡散臭くなんかない!」
「わっかんねーだろ!大体オレはそのメルトとかいう奴らも気にいらねーんだ!」
大人げないとは分かりながらも、少しずつイライラしてくる。
子供の勘はばかにできない。無邪気だからこそ不穏な空気が感知できる。
だけど、その対象がアオである以上、黙って言わせておくことはできなかった。
「ねえ、きみ」
「ああ⁉なん…だ、よ…」
少年はこちらを見て目を見開いている。
僕は笑顔を努めて、言った。
「思い込みだけで物を言うのは良くないよ。………というより、すごく不快だからさ。やめようか」
そう言いながら、優しく諭して聞いてくれないなら怒るしかないかなぁ、と考えていた。
見開いていた少年の目が潤みはじめる。そして、ついに泣きだしてしまった。
「うああぁあ…」
「えっ、え、ごめ、ご、ごめんね?言い方きつかった?ごめん、ごめんね」
途方にくれてアオの方を見ると、
「あっアオもなんで泣いてるの⁉」
「え、あ、ぅぁ、いや、違うんですその、」
「アオは普通に感動したんだろ」
「うえあえうおぁあ」
「ううううううう」
収拾つかなくなってきた。
僕がわたふたしていると、後ろから手が伸びてきて少年の頭を撫でる。
少年はふっと泣き止んで、あ、と言った。
「磯辺兄さん…」
「どうした?とりあえず皆中に入ろう。菊、もう一度お茶を汲んできてくれるかな」
「あ、うん!」
菊は一足先に中に入っていった。
「アオちゃんも、理由はわからないけど一度止めようか。中で話を聞くよ」
磯辺さんが優しく微笑む。
僕はさっき少年に怒ったことが、ひどく子供らしいことに思えて、なんだか恥ずかしくなったのだった。

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