小説

□プロローグ
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夢を見ている。
夢の中で、父と母が悲鳴と共に消えていく。
これは夢だ、自分でそうわかっているのに目覚めることが出来ない。
あの子が珍しく悲しそうな顔をしている。
気が動転しているらしく、泣き出しそうな顔でこちらと両親のいた所を何度も目で往復している。
両親の方を向いていたあの男が、こちらを見た。氷を思わせる瞳だった。
あの子が男に向かって叫んだ。
男が意外そうな顔で彼女を見た。
もう一度その目がこちらに向けられた時には、その目には黒い感情が渦巻いていた。
まずい。
夢であるのにそう思う。
目覚めようとしても、上手くいかない。
どうしても目が開けられない。
目覚められないーーーーーーーーー




目が覚めた。
周りを見渡す。自分の部屋だ。
荒い呼吸の中で時計を見ると、午前6時59分をさしていた。
またあの夢を見た。
ほんの数日前。
両親が謎の男に消された夢。
ドアの向こうで音が鳴る。続いて声。
「エナ様、おはようございます!」
「ーおはよう、アオ」
呼吸を整えてから返事を返せば、彼女−−アオは、ドアを開けて中に入ってきた。
「新聞によると、今日の天気は曇り。降水確率は30パーセントなので雨はあまり心配ないかと」
一応折りたたみ傘を持って行きますね、と付け足して、今日の天気予報は終了した。
エナ様とは陰鳥江那、僕のことだ。
髪と目は黄色で、容姿はあまり男らしい方ではなく、かといって美形なわけでもなく、いたって中途半端だ。
言っておくと、僕の家はごく普通の民家だし、この子は召使いではない。
彼女はアオ。この名前は僕が名付けたあだ名の様なもので、本当の名前は知らない。
由来は簡単。彼女の髪、目、そして本来耳があるはずのところに生えている猫耳。それら全てが青い色だからだ。
彼女はこの家の居候で、家事の手伝いやさっきの様な僕の身の回りの世話をしてくれる。
母さんがいなくなったあと、家事は全てが彼女の管轄となっていた。
「ふふーん、エナ様、今日の朝ご飯はラピュタパンですよ!ほら、さっさと着替えて降りてきてください!」
そう言って僕にドヤ顔をするアオは既に制服姿だ。
「わかったよ、でも40秒は無理だからね」
そう適当に返して、着替えるためにクローゼットへ向き合う。
アオは「待ってます!」と返事した後軽やかに階段を降りていった。
クローゼットを開けて、下着と制服のズボン、シャツを取り出す。
ラピュタパンが待っている。早く準備をしなければ。
アオのおかげか、ラピュタパンのおかげか。
夢を見た後の重い気持ちは、もう殆ど無くなっていた。





午前8時04分。僕とアオは学校の正門前に着いていた。
ジャージを着た黒髪の男性が立っている。登校して来る生徒に挨拶をしていた。
「おはようございます」
「おはよー菊ちゃん!」
アオと僕も挨拶をした。すると、彼はこちらを見てニカッと笑った。
「おう、おはよう」
彼はお菊先生。この学校の施設管理職員であり、特別体育講師だ。
正直、何が特別かは知らない。
色んな噂が出回っているが、彼が直接肯定したという話は1つもない。
「元気か?勉強頑張れよー」
「あはは菊ちゃんに言われたくなーい」
「黙れ!俺も頑張ってるわ!」
彼は他の教師と比べ、あまり頭が良くない。そのことは年中を通してイジられている。
「…ゴミの日は?」
「は?だ、第3月曜日?」
「ぶー、憲法記念日ですぅー」
「あー、5月3日だからかぁー…ってわかるか!!」
気安いやり取りをして、高等部の方へと足を運ぶ。
正門からすぐのところにある高等部の校舎に入り、3年1組の教室まで移動する。
「じゃあアオ、また昼に」
「はい!エナ様!」
アオと僕はクラスが違う。
僕は5組、アオはTHGA組。
THGA組は、僕達の中で特に監視の必要があると国が判断した生徒が集められるクラスだ。
能力は高いが、その分変な生徒が…いや、変な生徒しかいないと評判だ。
丁度いい機会だから、僕達の事について話をしておこう。



端的に言えば、僕達は普通の人間じゃない。
魔力を持った、《狂人》と呼ばれる種族だ。
《狂人》が産まれるメカニズムは未だ解明されていない。産まれるケースとして、両親が普通の人間でもその子供が《狂人》である、ということが殆どな為、遺伝でない事は証明されている(例外として魔力が受け継がれる家系もあるが)。
《狂人》である事は、髪と目の色でわかる。
たとえば日本人の普通な髪と目といえば黒髪黒目だが、僕の髪と目は黄色。
つまり、大半の《狂人》がその人の遺伝子的にありえない様な頭髪と目の色で産まれてくるのだ。
昔から《狂人》の数は多くも無ければ少なくもなく、一定の割合で産まれてきた。
しかし近年の人口増加でだんだんと割合が小さくなり、それに伴って《狂人》を少数派だとして差別化する考えが産まれてきたのだ。
そして各国の政府は《狂人》が普通の人間に危害を加える可能性を考慮して、日本の場合は人口島に集めるという人種隔離政策を行った。
これが僕たち、そして今僕がいる土地の現実だ。



THGA組は、その中でも特に高い魔力を有する生徒が集められる。
魔力が高い=危険度が高いというわけだ。
アオはそのTHGA組の中で一番と言っていいほど(色んな意味で)アブナイと言われている。
本人が知っているかどうかはわからないが。
1時限目の科目の教師が入ってくる。
授業が始まる様だ。
今日のラピュタパンは美味しかったなとか、昼は何なんだろうかとか考えながら、僕は教科書を開いた。
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