短編


□企業秘密
1ページ/1ページ

公園で一服。
木製ベンチの、アーチ状の背もたれに沿って空を見上げていた。良い座り心地である。
これからの新しい世が、こんな椅子だらけになるって約束してくれるんなら、喜んで援助でも何でもしたい気分だ。

「ふんふんふーん」
どこかで、聞き覚えのある低い声がハミングしている。空耳だろうか。いいや、きっと大正解。何と言っても、この街は彼の庭なのだ。
素知らぬふりで目を閉じたまま日差しに暖められていると、鼻歌はだんだん近付いてきた。のし、のし、と大きな足音も一緒だ。それがすぐ左隣に来た、と思ったところで、ぴたりと止んでしまう。
ゆっくり目を開けた。目に突き刺さってくる明るい水色、と、木漏れ日。
かつて左目があった場所、その奥底にも暖かな春を感じる気がした。

「ぶふうー」
それも束の間の感動で、視界はすぐに人影で覆われてしまう。人影どころか人そのものである。馴染みすぎてしまった、体温と匂い。

「…本物だよな」
「そっちこそ」
「新手のテロだとおっかねえ」
「銀さんのお、ハイテクサイバー攻撃、っつって」
酒の匂いがしないのを不思議に思った。ついでに血の匂いも無し。満点だ。
「退けよ」
「今ねえナノマシン注入中。もう、お前は俺の言いなり」
「残念だったな銀時、俺は抗体マシン入れてんのさ」
「知ってる?金色の闇ちゃん」
「うちの来島のほうが良いだろう」

覆い被さる身体が退く気配は、ない。話しながらずるずると下がっていくのが気になった。
「着物、ずれる」
互いの腰の獲物が変に引っかかり合っているのが邪魔だ。

「やっと捕まえたと思ったのにさ」
にあ。
小さな鳴き声がした。彼の足元からだ。
「そのまま出掛けるからってさ、今度はお守りなの」
み。にい、に。
「ま、追加請求も、良い感じに出来そうなんだわ」

 

万事屋として銀時が預かってきた子猫は、籠から出て定春と直接対峙しても全く臆さなかった。
むしろ怯えたのは定春の方だ。猫探しに駆り出されたは良いものの、専ら小回りの効く銀時の足としての活躍に徹したらしい。
はじめは見慣れぬ小さな生き物から距離を置いていたが、神楽の仲介のお陰ですぐ慣れた。
「よおし、よし。ピイちゃん、何か面白いこと覚えないかなア」
慎重に抱く神楽の腕の中で、子猫はチャイナ服の袖に短い爪を立てていた。
「こらあ、私の一張羅アル」
それでも小さな身体を潰してしまうのが心配なのか、神楽は自分の手では引き離せないのだ。全く、なんと目に優しい。

「文鳥みたいな名前付けるんだな」
小さな前脚をそっと布地の引っ掛かりから離し、抱き上げてみた。取らないでヨ、などの文句に内心身構えたが、神楽は何も言わなかった。
柔らかく長い毛をした三毛猫である。ソファに座って両手で脇下から持ち上げ、丸い瞳に目を合わせる。つやつやの煮豆がはまっているみたいだ。
み。小首を傾げ、小さな舌が自分の口周りを舐めた。
ついてきた新八と神楽が、背もたれの後ろから覗き込んでくる。
「神楽ちゃん、もう何号か分からないもんね」
「分かるアル!多分30号くらい…でもピイちゃんアル。ピイって鳴くから」

「さて。そろそろ支度しねえとな。今日のスケジュール覚えてる人?」
俺は子守りならぬ猫守りだろうか。銀時の言葉に、思わず口元が緩んだ。
「あっ、今日のは行きたいアル。ピイちゃん…」
「う、僕もです」
名残惜しそうだが、神楽は張り切っている、ように見える。
「じゃ頼んじゃおっかな。ヅラも来るってさ。まかない時間になったら銀さんに電話するように」
「仕事してない奴はだめアル」
「もう銀さんしてきましたあ」
「それもそうですよね、って幾松さん関係ないですけどね」
「でも優しいから普通においでって言ってくれそうアルな」
何だろう。少年少女が進んでやりたい手伝い。
「今日は何の仕事なんだ?」
「ラーメン屋さんです」「終わったらチャーハン食べ放題アル!」
「町内会の打ち上げで昼から大口らしいのよ」

 

勤労少年少女を見送ってしまうと、思いがけずあっという間に二人きりの時間が訪れた。
み。
そうか、三にん、か。

「せっかくだから、しとくか」
「猫にも躾するもんなのか」
「多少はね、必要らしいよ」
子猫を抱いたまま、横から銀時に抱かれる。
朝の仕事してきた?本当はまだまだラーメン屋の手伝い、出来た訳だ。
「仕事が途切れなくて、景気が良いなあ」
「最近そうなの。春だからな。引っ越しとかはしんどい」
みい。み。
「餌は良いのか」
「銀さんもご飯欲しいもん…」
みい。
あまりに甲高いから、ピイ、に聞こえる。ピイちゃんも、あながち間違ってはいないようだ。
「このままして良い?」
後ろ首を撫でてくる手のひら。俺も自分の手に当たる柔らかい毛をそっと撫でる。
でかい方を撫でるには手が足りない。なので唇でその首筋をなぞった。
み。みい。
向かいのソファにうずくまってうとうとしていた定春が顔を上げる。
たまらず俺も立ち上がった。
「銀時、餌だとよ」

 

子猫は一心不乱に小皿から餌を食べた。
一緒に入って一緒に買いに行けば良いじゃないって逆だわ、と主張する銀時を一人風呂に入れ、俺が買ってきたのだ。
にゃむにゃむにゃむ。何事か呟きながら平らげていく。喉をつまらせやしないだろうか、心配になってもう一つの、水を入れた小皿を顔の横に近付けてやる。
子猫は一度顔を上げ、口周りをあどけない仕草で舐めた。その後、こちらに気付いて水の小皿に顔を突っ込む。
心底ほっとした。

「昼寝しないの」
キャットフードの小袋に封をした銀時が、後ろから引っ付いてくる。珍しい。着流しをそのまま羽織った姿だ。
そうか、忘れていた。
「風呂…」
「良いよ、早く」
一応、出掛けにも身体は洗ってきたからな。

子猫は籠に入れ、一緒に寝室に連れて行った。
小さな牙を覗かせ欠伸をしている。
今日も、声には気を付けよう。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ