短編


□お待たせ
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「お前、禁煙すると言ってなかったか。」


ベランダに凭れる背中に悪戯でもしてやろうと忍び寄れば、その直ぐ向こうに細く燻る煙に驚いた。
「度は下げた。つうか一発で全廃なんてどんだけ無茶な話か知ってんのかよ。まず減煙してんだ。」
むう。いや駄目だ。
「寄越しなさい。」
「これでも結構頑張ってんだぜ。」
分かった、そうしょげるな。
「続きは中で聞こう。」
そっと触れた肩が冷たい。


「こんな薄着でベランダとはな。」
相変わらず危険を顧みない奴。
「ああ寒かった。」
部屋に入りベランダの鍵を閉めると、晋助が呟いた。
それでも頑として煙草は離さない。
見るとまだ長さが十分にある。だがな、ここは俺も心を鬼にしてだな。
「おい!まだ吸える!」
舌打ちをして尖らせた唇。そこに自分のものを押し当てると一発で大人しくなった。拍子抜けだ。
ソファに座らせてからヤカンを火に掛ける。
これでも、俺も終電を逃すまいと必死に帰ってきた身だ。煙で無くとも一服したかった。


「度が足りねえよ。」
何だ?何やら後ろから可愛い言葉。
「自分で言ったろう。禁煙で金を貯めるとか。」
「…口寂しくなる。」
流し台からふて腐れ猫の元に戻り、もう一度ご機嫌取りだ。


合い鍵を持たせる関係になって半年。
いつも何処かで誰かと遊んでいて、夜は自分の部屋にすら居着かない男と思っていた。それがどうだ、よく手懐けたと自画自賛したいものだ。
そりゃあ俺もたまには飲み会なんかに行ってくる。楽しく議論、ああまだ君と話したいのだが、そんな夜でも結局、放し飼いの猫が気になって仕方なくなってしまう。そうして輪を掛けて終電には血眼だ。


ヤカンの様子を横目で見ながら部屋着に着替え、洗濯物をカゴに放ってくる。
晋助は、と見れば大人しく座ったままでは居られない。
ベッドに移動して腕立て伏せを始めてしまった。やはり猫かお前は。
爪は研がないのにな、と呆れ笑いだ。美しい身体はこうして保たれるのかと微笑ましくも思う。
一区切り付くのを見計らい、動きを止めたところで肩に腕を回して抱き締めた。
そこで、ぴいぃ、と湯が沸いた。
おっと残念。
「ぽい。」
呼ばれるままにヤカンの元へ向かおうと腕の中の身体を放ってベッドから降りると、どさり、と布団が音を立てた。
「おい!」
まあ待て待て。
「俺お湯割り。」
やかましい。と独りごちつつマグカップを2つ両手に持って戻ると恨めしげな目があった。
あ。
「ぽいされたの寂しかったか。」
すまんすまん。
「って酒じゃねえのかよ!」
「何を言う。冬はこれが一番だ。」
甘いものは、口寂しさに良いんだ。しょうがを刻んでたっぷりの蜂蜜に漬けたやつ。
「ん。」
大人しくカップに口を付ける猫。鼻の頭が赤かった。人差し指で優しく撫でてやると、すん、と小さな音を立てた。
「早く布団に入ろうな。」
「・・・ああ。」


知ってるさ。
眠気覚ましの煙だったことくらい。

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