短編


□桃にまつわる
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あの頃は可愛かったのに。
「ヅラの割に気が利くなあ。」
「何の話だ。」
目敏くこちらの手元を指差しにやにやするから、知らぬふりで嘯いた。

「今も昔も変わらず可愛いだろ。」
口の減らない奴め。ぱしりと裸の尻を叩いてやる。
桃が小さいのか己の手が大きくなったのか。
少し早いが、買って少し経った桃は指で難なく剥けた。現れた果肉を小刀で切り分け食べさせ合う。
垂れた汁は、俺から啜ると良い。

食べられる場所を全て取り去っても、種の周りに柔らかい果肉がまだ少し。
種を摘んだ桂は高杉に食わせ、赤い唇に垂れた甘い汁を舐めた。
まだ青い位の、さりりと歯触りがある桃も好きだった。だが最近はこんな緩く熟れた桃も良いと思う。
自分の着物を脱ぎ落とし、髪を後ろに流す。
桂は皿に溜まった汁を掬って自分の胸に塗った。

「おいで。」
静かな声で呼ばれると素直に従ってしまう。
あと一段高い声音で、若しくはもう少しだけ早口で呼ばれていたら違っただろう。馬鹿言えお前のままごとに付き合ってられるか。
色事の最中に女に横柄にされると閉口してしまうが、この男にだけは。
高杉は目を閉じ、目の前の実にむしゃぶりついた。

温くなった汁は甘さが増したようだ。
ぺろぺろと舐め上げていると本当に何かの果実を食んでいる錯覚に陥る。
中央の実をきゅっと強く吸い上げると、首根を掴んで顔を引き剥がされた。
「こら晋助、噛むんじゃない。」
…いつも俺がされているよりは大分手加減したつもりだが。

その顔があんまり満ち足りて優しいから仕方なく大人しく従って見せる。
それにしても、幼い頃から苦労をしてきた男が母親の真似事だなんて可笑しな話だ。
俺をどうこうでなく、甘えたいのはお前なのでは。何度疑ったことか。
包む事は俺にだって出来るさ。背中に手を回して摩ると捩られた。

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