長い夢
□第九章 始動
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それから本屋を後にして、三人は商店街を探索した。
中々に物価が上がっているのでそれ以上の買い物はしなかったが、時折街の人から「頼りにしてるよ」「次の壁外調査はいつなんだい?」だの問われると、苦笑いして適当にかわした。
私服で来ればよかったと後悔しながら、結局ハンジは二人きりにしたりせず5時には自室に戻った。
その後は夕食を食べ終え、ジャンケンに負けたハンジが一人でエルヴィンの部屋に履歴書を返しに向かった。
そこでハンジが部屋から出ようとしたところ、エルヴィンに声をかけられて振り返った。
「ああ、そうだ。リヴァイとイヴ・サンローランは交際しているのか?」
「ああ、グラン分隊長の手紙に書いてたのかな? 何故そう思うんです?」
微笑むエルヴィンにハンジはぎょっとしたが、思い出したように笑顔で答えた。
グラン分隊長の手紙を渡してきたエルヴィンは全ての内容を読んだはずだ。
きっとリヴァイ宛の手紙には「イヴちゃんが好きなんだろ?」とか何とか書かれていたはずだ。
ハンジはそれを察した。
「ああ、グランの手紙に書いていた。......それにリヴァイは初めに比べて見違えるほど表情が変わった」
「ははは、それは確かにイヴのおかげもあるかもだね......でも多分変わったのはイヴだけの影響じゃないですよ」
「そうだな、君の影響も大きいだろう。彼の力は我々にとって切り札となる......君達には本当に感謝しているよ」
「それを言うなら連れてきてくれたあなたにも感謝しないとね。色々あったけどそれなりに楽しく過ごせてるからね」
「ははは、そうか。それはよかった」
「じゃあ失礼します」
終始微笑みながら話したエルヴィンを見納めて、ハンジは部屋を出た。
さらっと受け流してはみたが、グラン分隊長と同じように鋭いエルヴィンならきっとリヴァイとイヴが交際していることを確信しているだろう。
ハンジはそれでもまぁいいかと思いながら廊下を歩いた。
「おかえり、ありがとうね」
ハンジがイヴの部屋をノックして部屋に入ると、リヴァイは不自然に窓の外を眺めていてイヴはベッドに腰掛けながら笑顔で話しかけた。
きっと二人で何かしていたに違いない。
ハンジはそう察しながらベッドに腰かけるイヴの隣に歩み寄った。
「ただいま! リヴァイとイヴは交際してるのか? って聞かれちゃったよ!」
「えっ?!」
ハンジが笑顔でイヴの隣に腰掛けながら言うと、イヴは目を丸くして顔を歪めた。
別に知られたからと言って調査兵団に“恋愛禁止”のルール等はない。
それでもリヴァイとは人前で恋人らしいことはしていないし、気付かれるようなことは何一つしていない。
確かモブリットには今朝知られたけど、それをわざわざ団長に伝えるようなことするだろうか。
......ああ、そういえばグラン分隊長の手紙から読み取ったのか。
イヴはそんな想定をして一人で納得した。
「グラン分隊長の手紙全部読んだらしいからね! リヴァイの手紙に何か書いてたのかな? ね、リヴァイ!」
「......イヴは俺が好きらしいと書いていた」
ハンジがニヤニヤしながら未だ窓の外を眺めるリヴァイの背中に問うと、リヴァイは面倒臭そうに振り向いて答えた。
「え?! 分隊長、お見通しだったってこと?」
イヴは目を丸くしてリヴァイを見た。
リヴァイの手紙の内容はいくら聞いても明かしてくれなかったし、イヴはグラン分隊長がそこまでお見通しだったなんて思っていなかった。
「あー、それで鋭いエルヴィンは気付いちゃったか」
ハンジは手紙の内容を聞き出せて嬉しくなったのか、わざとらしく天を仰いで笑った。
「てことは、イヴの気持ちを知ったリヴァイは自分からイヴに告白したんだ?」
「......」
ハンジのさりげない問いかけに、
イヴは何も答えないリヴァイを睨んだ。
知っていたくせにあの時躊躇ったのはまだ確信が持てなかったからだろうか。
リヴァイは居心地悪そうに窓の外の明後日の方向を眺めだしたから、イヴはため息混じりにハンジに向き直った。
「違うよ、私から言ったんだよ」
少しぶっきらぼうにイヴが言うと、ハンジは苦笑いした。
まぁリヴァイは不器用だから仕方がない、思いが通じただけでも幸せなことだ......そう思うとイヴの顔は自然と緩んだ。
「何だ、男らしくないなぁーリヴァイ! まぁエルヴィンに気付かれたとしても別にどうってことないよ。遅かれ早かれわかることだったんだしね。何なら相部屋にしてくれるかもよ? ははは」
リヴァイはそう言って笑うハンジを睨んだ。
......その後はリヴァイが部屋に戻り、ハンジとイヴは風呂に行って戻ってきた後、消灯時間になるまで各々部屋に戻ってリヴァイに買ってもらった本を読み耽った。
リヴァイに初めて買ってもらったものだ。
経費で落とされるかもしれなくても、自ら会計してくれたことがイヴにはすごく嬉しかった。
ハンジと共にとはいえ、同じ班で共に戦ってきた絆がここにある気がして、それもまた嬉しかった。
明日からはもう同じ班ではない。
各々別々の訓練になるし、しかも部下を持つのだ。
エルヴィンが団長となった今後の壁外では長距離策敵陣形となり、離れた位置で戦うことになる。
もしも自分も含む誰かが命を落としても、きっと気付かれない。
イヴはベッドに横になり本に目を通していたが、明日からのことを考えると何だか心が落ち着かなくなった。
消灯時間は過ぎて廊下はもう暗いだろう。
個室では自由に灯りを灯せるが、いつもは話しかければすぐに返事をくれたハンジも、いびきで答えるハンジもいない。
あんなにうるさいと思っていたハンジのいびきは、今思えば心地よかったのかもしれない。
イヴはふと何かを決意してベッドから起き上がった。
彼はまだ、起きているだろうか。
イヴの脳裏を過ったのはリヴァイのことだった。
朝から行為をした後、焦って「行かない」と言ったけど、今日を逃せば次行けることがあるだろうか。
......多分調整日が合えば行けるだろうが、それでも何となく行きたかった。
イヴはゆっくりドアを開けて部屋を後にした。
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