長い夢
□第九章 始動
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行き先も決めずに街に出ると、休暇だというのに制服を着ているせいで街の人から視線を感じた。
だがその視線は1ヶ月程前の冷たい視線ではなく、何だか希望を託されているような、そんな温かい視線だった。
何故ならウォール・マリアが陥落してから、食糧難や資源不足に困り果てていたからだ。
避難してきた人類は開拓地に回され、難民化していたにも関わらず、食料等は手配していたため街の人の生活は徐々に苦しくなっていた。
商店街に並ぶ食料や衣類の値段は高騰化していたし、数ヵ月前の風景とは打って変わって見えた。
「これじゃあ気分転換にならないね」
その光景を目の当たりに、ハンジは苦笑いした。
こんな光景を見てしまうと、せめて一刻も早く壁外に出ていくらか残っているだろう物資を調達してやらねばならない。
「......経費使うのはあきらめることにするよ」
イヴはそれに答えるように苦笑いしてふと思ったことを口にした。
街に出るなら、新しい医学書を買いたいと思っていた。
だが、この光景を目の当たりにして税金を使うようなことはできないと思った。
「何か買いたいものあったの?」
ハンジは唐突に聞いた。
「うん、まぁ......医学書なんだけどね、せっかくだからと思ってたけどまた今度にしようかな」
「医学書ね、それなら私も本屋に用事あったんだ! 見るだけでも行こうよ」
「そう? じゃあ見るだけ......」
ハンジはそう言って本屋に向かって歩き出した。
それにイヴが乗り気で着いていくと、リヴァイは数歩後ろをため息をつきながら着いていった。
本屋に入るとハンジが真っ先に向かったのは世界史のコーナーだった。
「昔は興味本意でよく読んだんだけどさ、あれ読むと益々謎が深まるんだよね。で、何かまた読みたくなってさ!」
本屋に向かう道中でイヴがハンジに何の本が見たいのか聞くと、ハンジはそう答えた。
昔から好奇心旺盛だったらしいハンジは、“何故巨人は人を食うのか”“巨人に寿命はあるのか”“壁はどうやって作られたのか”“巨人同士の交流はないのか”等、あらゆる想像をしては解決しないもどかしさで調査兵団に入ったという。
それはイヴにとって訓練兵の時に痛い程聞いたし、グラン班にいた頃から何度も話し、リヴァイにもよく聞かせていた。
彼女の尽きない好奇心には呆れることもあったが、言われてみれば確かに疑問に思うことばかりで共感できた。
そんなハンジの後ろ姿を見納めて、イヴは医学書を探し始めた。
リヴァイは面倒臭そうに本が並ぶ棚を見渡した。すると一枚の新聞が目に入った。
“調査兵団団長交代! 13代目団長エルヴィン・スミスに期待! ”
そう表紙に大きく書かれたその新聞をリヴァイは興味本意で手にとってみた。
“『我々は必ず、失われた領土を取り戻します。いつになるかはわかりません。壁に空いた穴の位置、破壊した巨人......我々には未だ未知のことが多くある。まずは壁外調査をし、早々に確認したいと思います。残っている物資を回収し、人類の暮らしを守って見せます。』
調査兵団が解散するかと思った矢先、彼はこう言った。
我々人類は調査兵団なくしては土地不足と資源不足で危機に陥るだろう”
この文章を読んだリヴァイは、これで街の人の目が変わったのかと、瞬時に理解した。
あれだけ税金泥棒だの役立たずだの言われることもあったというのに、いざ土地を失って生活に困れば頼ってくる人類は、やはりただひたすら生きるだけのドブネズミだ。
リヴァイはそう思いながら手に取っていた新聞を元に戻すと、ふとイヴの姿を探した。
イヴは店の奥にある本棚から一冊の本を手に取っていた。
「何か見つかったか」
リヴァイはそんなイヴの背中に声をかけた。
イヴは笑顔でそれに答えた。
「うん、最近の薬学なんだけどね、私の知らない薬いっぱいあるんだ」
「......知ったところで手に入らねぇ薬は使えねぇだろ」
「それもそうだね、まぁ兵士の怪我は大抵どこかの傷か骨折か脱臼か捻挫だしね......でも、私医師免許取りたいんだ。なんて、今はウォール・マリア奪還するのに忙しいしいつになるかわからないけどね」
「......そうか」
リヴァイは半ば辛そうに話すイヴを眺めた。
「何かあった?」
「! ハンジこそ、それ買うの?」
そこにハンジが一冊の本を片手に合流した。
イヴはその本に目を向けた。
「買おうかな! 昇格祝い、自分へのご褒美だよ! まぁいずれ経費で落とすけどね」
「はは......じゃあ私も買おうかな! 自分へのご褒美、それいいね」
ハンジが本をパラパラ捲りながら言うと、イヴは笑顔でそれに乗った。
するとハンジは何も持っていないリヴァイに話を振った。
「だろ? リヴァイは? 何か買わないの?」
「......俺は興味ねぇ」
リヴァイは面倒臭そうに答えた。
ハンジは何か企んでいるように笑顔で話し続けた。
「へぇー、リヴァイってさ、何にお金使ってんの?! 結構貯まってるんじゃない?!」
「......」
リヴァイは顔をしかめてハンジを睨んだ。
どうやらハンジはリヴァイに買ってくれとねだっているらしい。
リヴァイはそれを察した。
ハンジは睨みに怯むことなく更に続けた。
「1時間も待たせたことこれでなしにしてあげるよ?」
「ちっ、うるせぇな......まぁいい。まとめて経費で落としてやる......貸せ」
リヴァイは苛ついたのか、舌打ちしてハンジの本を奪った後イヴの持っている本にも手をかけた。
イヴは目を丸くして本を預けた。
「えっ? いいの?」
「おっ! 優しいねぇ!! さすがイヴの彼氏」
ハンジは笑ってイヴの背中を叩いた。
「......貸しを作っておいてやるのも悪くねぇと思っただけだ」
そんな二人を背に、そう言ってリヴァイは素早く会計を済ませた。
リヴァイは元々イヴのは買ってやるつもりだった。
ただハンジから目をそらしてイヴの分だけ買ってやるのも気が引けたし、ハンジの目を遠ざける策が彼には思い付かなかったのだ。
「これはリヴァイからのお祝いだね!」
「はは、そうだね! 大事にしないとね」
後ろで二人が嬉しそうに会話をしているのを聞くと、リヴァイは何だか“良いこと”をした気分になった。
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