長い夢

□第七章 ドブネズミ
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それからホランはやっと調子を取り戻した。
次の壁外調査までの最後となる訓練で、ホランは模型のうなじをほぼ完璧に削ぐことができた。

リヴァイとの仲も深まり、二人は常に行動を共にする程仲が良くなった。


イヴとハンジの連携も良く、屋根を組む作業の見直しも完璧で、これなら壁外に出ても大丈夫だとグラン分隊長は安心しきった。



そしてついに壁外調査の日がきた。



今回は人類初の壁外拠点完成となるため、関門前に並んだ調査兵120名全員が期待と緊張に胸を膨らませた。


その中でグラン班は一台の荷車に補充用のガスを積み、列の一番後ろに並んだ。

グラン分隊長を先頭に隣にホランが続き、真ん中に荷車を挟むように荷車を曳く馬の手綱の先にはイヴ、その後ろにハンジとリヴァイが並んで構えていた。


シャーディス団長の合図と共に門が開くと、兵士達は民間人に見守られる中一斉に馬を走らせ壁外に出た。


グラン班はまた東にそれ、前回よりも速い速度で森へと進んだ。


不思議な程に、ほとんど巨人に出くわすことなく森の中に入ると、特に荒らされた様子もない前回の姿のままで拠点となる小屋が残っていた。

それに全員が安堵し、馬から降りるとすぐに作業に取りかかった。


作業は簡単だった。


何度か森の外で聞こえてきた悲痛な叫びに怯むことなく、慣れた手つきで素早く作業をこなすと、それはものの2時間程度で完成した。

そこに持ってきた補充用のガスを中に入れ込み、グラン分隊長は完成の合図とする信煙弾を打ち上げた。

陣形に戻るように指示を出す信煙弾が返ってくると、全員は右手を高く掲げてハイタッチした。


「イヴ、お前小せぇなぁ! 届かねぇだろ」


「うわ、最低......だからモテないんだよ」


ホランが笑いながら手を高く上げて冷やかすと、イヴはホランを睨んでその腕をつねった。


「あててて! 俺は本当のこと言っただけだろ......な、リヴァイもそう思うだろ」


ホランはつねられた右二の腕を擦りながら、リヴァイを見た。


「そうだな......まぁ、俺には丁度いい身長だ」


リヴァイは一瞬ホランを見た後、イヴに目を向けて言った。

イヴはその言葉に目を丸くしたと同時に、心臓が高鳴るのを感じて目をそらした。


壁外だというのに何をドキドキしているんだろう。
そう思った矢先、グラン分隊長が声をあげた。


「お前等気ぃ抜くな、これからが本番だ! 急いで陣形に戻るぞ」


笑顔でそう言うなり、分隊長は馬のほうへ足を進めた。


それに従い、全員が一斉に馬へと足を進めると、ハンジはイヴの肩を叩いて一言「よかったね」と言った。

それを聞いてイヴは何だか恥ずかしくなったが、すぐに気を引き締めてハンジの背中を追って馬へと向かった。




森から出て南へ向かうと、そこは戦場だった。




訓練した陣形に戻るも、もう既に何名かいなくなった兵士で穴だらけだ。

これなら長距離策敵陣形のほうがよっぽど死傷者はでないだろう。

それでも今回は拠点の完成が第一目標なため、この陣形でとにかく見かけた巨人を討伐して回り、ガス切れを心配することなく飛び回ることが優先された。


ガス切れは不安要素の一つだ。


いつもならそう簡単に切らさないように配慮しながら巨人と対峙する。
が、今回は巨人の生態調査を含めて現れる巨人は全て対峙した。


グラン班も指示に従い、エルヴィン分隊長の率いる班の後ろについて巨人を討伐して回った。


......どれくらい時間がたっただろうか。


拠点を建てた森を一周するように馬を走らせ、巨人が出現しなくなったのを見計らって森の東側で兵士達は各々馬を休ませ、自身も休息をとった。


見渡せば既に30名は失われているだろうか。それに残った兵士の多くは怪我を負っていた。

グラン班は誰一人怪我を負うことなく休息をとっていたが、その隣で休息をとっていたエルヴィン分隊長の班員に、重症と思われる傷を負った兵士がもがき苦しんでいた。

どう対処していいかわからず戸惑っているエルヴィン班を見かねて、イヴはその兵士のもとへ走っていった。


「呼吸が浅い......巨人に捕まれたの? 肋骨を折って気胸を起こしてる。左胸だし危険よ! このまま呼吸を続けると心臓が圧迫されて死んじゃう」


イヴは周りで戸惑っているエルヴィン分隊長の部下を押し退け、呼吸困難に陥って青ざめている兵士の左胸を軽く押さえて声をあげた。

それを見ていたエルヴィンは、目を丸くしてイヴに指示を仰いだ。


「どうすればいい?」


「水と、消毒薬に、ナイフ......あと何でもいいので穴のあいたチューブを急いで用意してください! 空気の逃げ場を作ります」


イヴはエルヴィンに向かって声を大きくして言った。

エルヴィンはそれを聞いて急いで部下に指示を出した。

グラン分隊長はエルヴィンの隣に行き、イヴの様子を眺めた。

ホランとハンジは久し振りに見るイヴの必死な姿に、目を合わせて苦笑いした。
ホランとハンジから少し離れた場所で馬に水を与えていたリヴァイは、壁外で初めて見るそんなイヴの姿に息を飲んだ。

リヴァイは、どうせ苦しんで死ぬのなら死なせてやればいいと内心思った。
まだまだ続く壁外調査で、身動きがとれないまま命を落とすことになるかもしれないのに......。
それでもイヴは必死に一人の兵士を救おうとしている。

リヴァイは何も言わずにその様子を眺めた。


「イヴ、用意したぞ!」


エルヴィンの部下がイヴの前に物品を差し出すと、イヴは「ありがとう」と言ってすぐに横たわる兵士の左胸に水と消毒薬をかけ、更にナイフにも消毒薬をかけた。
そして目の前にいる兵士にチューブの消毒を頼んで、イヴはもがく兵士に声をかけた。


「痛むけど我慢してね! すぐによくなるから!」


言ってすぐナイフを左脇腹に刺すと、悲痛な叫びと共に消毒してもらっておいたチューブを瞬時にそこに刺した。


周りにいた兵達は注目すると同時に、その痛々しい光景に目を瞑った。

イヴは気にせず額に滲んだ汗を手で拭い、処置終了を知らせた。


「これで楽になるはず......肋骨のほうはしっかり包帯巻いてあげて」


イヴはそう言って立ち上がった。そしてさっき自分がいたハンジ達がいる所を一目確認してゆっくり歩き出した。

さっきまでもがき苦しんでいた兵士の呼吸は楽になったようで、エルヴィン班は全員安堵した。


「お疲れ、イヴちゃん」


エルヴィンの隣にいたグラン分隊長が目の前を通り過ぎようとしているイヴに向かって声をかけた。

イヴは気付いてなかったようで、一瞬肩を震わせて分隊長を見上げた。

体格の大きなエルヴィン分隊長とグラン分隊長が二人横に並ぶと、半端ない威圧感を感じ、イヴは緊張を覚えて咄嗟に謝った。


「すみません、また勝手なことを......」


イヴは頭を下げると、頭に大きな手が優しく置かれるのを感じた。


「俺はイヴちゃんのそんなところが好きなんだよ」


グラン分隊長の恥ずかしくも嬉しい言葉に、イヴは少し頭を上げると、その手はグラン分隊長のものだとすぐにわかった。


「驚いたよ。グランからしつこい程聞かされてたが、ここまで出来てしまうとは......。おかげで部下は救われた、感謝する」


エルヴィン分隊長から言われると、イヴは更に嬉しくなり頭を再び深く下げた。


「そう言っていただけると嬉しいです! 全員揃って帰還できることを願います!」


イヴはそう言った後「失礼します」と言ってハンジとホランとリヴァイがいる場所に早足で戻っていった。


「......あの子は必ず人類を勝利へ導く女神となる、そう思うだろ? エルヴィン」


「ははは、どうだろうな。お前の班は強者揃いだな」


「はは、よく言うぜ。リヴァイはお前が寄越したんだろうが......まぁ、おかげでうちは楽しいけどな」


イヴがハンジ達の元に戻り、ホランとハンジに囲まれ笑い合っているのを見て、グラン分隊長は隣のエルヴィンに話し掛けた。

それにエルヴィンが微笑みながら答えると、グラン分隊長は苦笑いしてエルヴィンの肩を叩いた。


「お互い部下は大事にしねぇとな」


グラン分隊長はそう言うと、エルヴィンに踵を返し、笑い合っている自分の部下の元へ足を進めた。

エルヴィンは黙ってその様子を見届けた。


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