長い夢

□第一章 始まり
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「イザベルとファーランがいない......」


「え?」


嵐のような豪雨に見舞われた壁外調査から帰還後、先に馬から降りたハンジとイヴは後から続々と帰還する仲間を振り返った。

出動時よりも半分程、いやそれ以上減った仲間達の中に、ハンジが興味をもち、確実に帰還すると思ったあの3人組が姿を見せなかった。

しかもその3人の所属していたフラゴン班のメンバーも誰一人帰還する気配がない......。
全滅かと思った矢先、エルヴィン分隊長の後ろにドロドロになったリヴァイが見えた。

どうやら彼だけが生き残ったようだ。


「何があったんだろう......」


地下で暮らしていた彼らにとって初めてだった外の世界。
もっといい景色を想像しただろう。
それが外に出た途端、もう二度と帰れなくなってしまった彼らを思ってハンジは静かに目を閉じ俯いた。


「......」


イヴはリヴァイのドロドロになった姿を見て、不信に思ってしまったことを申し訳なく思った。

何があったのか、想像つかないことを想像するだけで苦しい。
帰還後はいつも悲しい気持ちで胸が締め付けられる。

イヴはどうしようもない感情を押し殺すように隣にいるハンジの手をぎゅっと握った。


_____


後から夕食中に聞いた話では、霧の中4体もの巨人が襲撃し、仲間を殺されていく中リヴァイが1人で全部討伐したらしい。

その噂を聞いて興奮しきったハンジは、女子寮の寝室に入るなりベッドに飛び込んだ。


「くぅー見たかったなぁー! その姿!!」


二段ベッドの上でギシギシと音を立てるハンジにその下のイヴはゆっくりベッドに腰掛け、苦笑いした。


「確かにそれは見たかったけど、もし私達のところにその巨人達が来てたらと思うとゾッとするよ......フラゴン分隊長まで殺られたんだよ?」


噂を聞いて確かにリヴァイはすごいと思った。だがそれよりも悲惨な状況を想像し、帰還後の彼のドロドロだった姿を思い出してしまったイヴは、考えただけで恐ろしいと身震いした。


「まぁ、そうだね......それは本当に残念に思うよ......。でもイヴならいけたかもだよ?イヴは強いし、視力いいしさ」


「誉め言葉ありがとう。っ......ごめん。私また悪いことばっか想像してたね......もう寝よう」



今回、二人にとって三度目の壁外調査だった。イヴもハンジもこれまでの二回の壁外調査で沢山の同期や仲間の死を見てきた。

一番最初は二人して泣きながら帰還した。
それを見た上司に『亡くなった兵士の意志を継いで強くなれ』と言われ、そうなろうと決意した。

二度目でハンジは巨人の頭を蹴ってから巨人を研究したいと言い出した。
ハンジはそれを糧に三度目にしてすっかり強くなったと思う。

ハンジは凄い。

ハンジはさっきまでの悲しい気持ちをもう吹っ切ったわけじゃない。
行き場のない感情を何か別の興奮するものを見つけてそっちにぶつけている。

イヴもそれをわかっていた。

だけどイヴはまだ帰還後すぐにそう強くなれなくて。どうしても亡くなった仲間の状況や気持ちを想像してしまう自分に嫌気が差した。
ハンジは気持ちを切り替えて励ましてくれているのに、なぜ自分はそれに釘を刺すようなことをしてしまうのだろう。


「うん、そうだね。おやすみ」


ハンジはそんなイヴを察して静かに横になった。


「うん、おやすみ......」


イヴは枕に顔を埋めて目を閉じた。

すると何故か帰還後のドロドロになったリヴァイの姿が脳裏に浮かんだ。


(仲間を失った彼は今どんな気持ちなのだろう......)


「zzZ......」


「!」


早くも聞こえてきた親友のいびきにイヴはやっと考えるのをやめた。


(考えたって仕方ないか、寝よう)


前よりベッドの空きが増えた女子寮の寝室で、ハンジのいびきとイヴの寝息が静かに響いた......。

.
.
.


次の日の朝


朝食を終えて誰もいなくなった食堂にハンジとイヴの所属する班一同が集合した。
一同が円になって雑談をしていると勢いよくドアが開き、分隊長が入ってきた。


「「おはようございます! 分隊長! 」」


さっきまで雑談していた一同はドアのほうに向き直り分隊長を迎えた。


「おはよう! 会議の前に報告がある! 入れ」


分隊長の一言でドアから姿を現したのは昨日噂したリヴァイだった。
入ってくるなり分隊長の隣に誘導され、並ぶと分隊長の頭二個分程下にあるリヴァイの肩を片手でがっちり掴んで分隊長は言い放った。


「リヴァイがうちの班に入ることになっ
「おおおっ! よろしく!! 覚えてる?! ハンジ・ゾエ! こっちは同期で親友のイヴ!」


「ちょっと! ハンジ?!」


分隊長が言い切る前にハンジは身を乗り出してリヴァイに握手した。
それに巻き込むように反対の手で隣にいたイヴの手を引っ張ったから、イヴはバランスを崩して分隊長の服を掴んでしまった。
分隊長はそれに顔を真っ赤にして固まり、ハンジはというとよほど興奮しているようで1人でぶつぶつ言っている。

リヴァイは肩を掴まれたことに苛ついたかと思えば、今度は無理矢理握手されて更に眉間に皺を寄せた。

すぐに分隊長の服から手を離し態勢を立て直したイヴはリヴァイのその形相を見てしまい、手を強く握り自分を紹介してきたハンジを恨みながらひきつった笑顔で目をそらして恐る恐る挨拶した。


「よろしく」


リヴァイは見下ろしてくる二人には目を向けず、ちょうど見下ろせるイヴを見て一言答えた。


「ぁあ......」


その時リヴァイの表情は少し和らいだが、目をそらしたイヴは気付かなかった。


「ちょっとハンジ、痛いから離して」


「ん? あぁごめんごめん! ちょっと興奮しちゃって!」


朝起きてからというもの、どうやって話しかけようかとウキウキしていたハンジは、目の前にいるリヴァイとこれから同じ班で行動を共にできるという信じられない奇跡に興奮を押さえられずに両手に二人の手を強く握ったままだった。

イヴの一言でやっとその手を離してハンジは落ち着きを取り戻した。


「そうだ! 歓迎会でもしようよ! 食事をおごるって約束したからね!」


「......約束した覚えはないが」


やっと手を離したかと思えば、今度はどんどん話を進めていくハンジにリヴァイの眉間の皺はまた深くなった。


「おっ! ハンジのおごりか?! いいねぇ!」


それに食いついた分隊長はずっと見ていたイヴから目を離しハンジを見た。


「ん? おごるのはリヴァイだけだよ! 残りは分隊長のおごりでお願いします」


「はぁー?!」


さっきまで目を輝かせてリヴァイを見ていたハンジは分隊長と向き合い、リヴァイを無視して歓迎会の話をすすめだした。
そりゃあもう飲み会はみんな好きなわけで、他の班員もその話に参加しだした。


「......」


ハンジを中心に話が盛り上っていく中、呆気に取られたイヴはその輪から一歩離れ、リヴァイの隣に立った。
イヴは今更会話に入る気もおきないが、二人になるとなんだか気まずかった。


ハンジはこの班のムードメーカーだ。
巨人に興味を持ち、巨人の体のしくみを知りたいと言い出した時はさすがに引いたが、訓練兵のときから人とのコミュニケーション能力が高く、彼女は強い人、よくできる人を見極めては話しかけてコツを聞きに行って自分のものにしていたし、戦闘においては強いし頭もきれるから頼りになる。

イヴとは救護実習のときにハンジが話しかけて知り合った。
人を信用できず1人でいたイヴは、その時自分の技術を褒められて単純に嬉しかった。

そんなハンジはイヴが一番最初に信用した人だった。


調査兵団に入ってからは、イヴは仲間を信用するようになった。
連携が大事な壁外調査にでて、信用しなければならない状況を知ったのもある。

最初は不信に思っていたリヴァイも、
同じ班になった以上信用するしかない。


このまま沈黙を続けるのも辛いと感じたイヴは、何か話題をふろうと気だるそうに腕を組んでいる彼を横目で見てみた。


(年齢は自分と同じくらいかな?
こんなに小柄なのに、一体どこに4体の巨人を一編に討伐する力があるんだろう......)


「......何だ?」


「! あ、ごめんなさい!」


考えているとその視線と思考に気付かれたのか急にこっちを見られて思わず目が合った。
イヴは焦って視線を逸らし、小柄だとか気にしているかもしれないことを思ってしまったことに咄嗟に謝ってしまった。

そしてさっき目が合ったとき意外と顔が整っていたことを思い出すと、なぜか思わず心臓が高鳴った。
訳もわからずそれを抑えながら、何か話さないとまずいと思いイヴは一呼吸おいて思い付くまま口を開いた。


「あ、ハンジの誘いは嫌なら断ったほうがいいよ。お酒入ると特に......人の心に容赦なくナイフ突き刺してくるから」


「......そうか......変わった奴だな」


返事を聞いてイヴはそうだ、ハンジをネタにしよう! と咄嗟に閃いた。


「ハンジは巨人好きで変態だけど、強いし頭もきれるのよ」


「は? 巨人好き? どうゆう......
「あーっ! ちょっと2人、何見つめあって会話してるんだよ?! 私も混ぜて」


「!!」


腕を組んでハンジ達を眺めていたリヴァイが巨人好きという言葉に反応してイヴを見た瞬間、同じくハンジ達を眺めていたイヴもその視線に気付きリヴァイを見た。

その時、いいタイミングなのかネタにしたハンジが割り込んできて驚いたイヴは、すぐにリヴァイから視線をそらしハンジを見て言い返そうとした。

そこに分隊長が割り込んできた。


「おいおいイヴちゃん、強い男が好みだからってリヴァイに惚れるのはやめてくれよー」


歓迎会の打ち合わせが終わったのか、背中を向けて話し合ってた班員全員がイヴとリヴァイのほうに向き直った。


「分隊長まで勝手なこと言わないでください! 別に見つめあってないし、惚れてないです!」


みんなに注目されたイヴはみんなの輪から離れてリヴァイと話していたことに急に恥ずかしくなり、分隊長の言葉に少しムキになって言い返した。


「ならよかった」


「何がよかったんだか」


ムキになってしまったことにイヴはまた恥ずかしくなったが、小さく鼻で深呼吸し、落ち着きを取り戻した。


......イヴは変態と呼ばれるハンジと仲良くなってからというもの、変態ながら明るいハンジと一緒にいるせいか、容姿のせいか訓練兵のときからよくモテた。

口数は少なく愛想もそんなによくはないが、小柄で可愛い美女と呼ばれていた。


調査兵団に入り、この班に所属して最初の壁外調査で分隊長が怪我を負った。
その時イヴが応急措置をしたのだが、それからというもの分隊長は誰が見ても一目瞭然イヴに惚れていたのだった。


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