短い夢

□ありがとうと言いたくて
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時は848年、
調査兵団に新兵が10名迎えられた。

朝礼台に立たされた新兵はそれぞれ強張った様子で自己紹介している。
その中でひたすらリヴァイ兵士長を眺める女がいた。

リヴァイの隣にいたハンジは小声でリヴァイに耳打ちした。


「あの子知り合い? リヴァイのことずっと見てるよ、結構美人だし」


リヴァイは横目で一瞬ハンジを見て顔をしかめた。
前を向きなおすと、どうやら次がその女が自己紹介する番だ。
リヴァイは何も答えずに自分を見てくる女に注目した。


「イヴ・サンローランです。よろしくお願いします!」


リヴァイは名前を聞いても全くピンとこなかったので、ハンジに向かって小さく呟いた。


「知らねぇな」


ハンジは目を丸くして何やら意味深に微笑んだ。


「へぇ......じゃああなたに気があるのかもね」


「......」


リヴァイはまた何も言わずにハンジを睨んだ。





......それから新兵の配属が決まり、それぞれ次の壁外調査に向けて訓練に励んだ。
そんな中でイヴはリヴァイ兵長が身近に来ると、常に目で追い凝視していた。

ここ1ヶ月程、それが毎日続いている。

それはもう誰が見てもわかる程で、ハンジはもちろん、他の分隊長からも、会う度にリヴァイは茶化された。
その度に「あんなガキ興味ない」と冷たくあしらっていたが、遂にエルヴィンにまで茶化されてリヴァイは苛立ちを隠せなくなりイヴを自室に呼び出した。


イヴは入団してまだ1ヶ月もたっていないし、一度も話したことがないにも関わらず呼び出されて驚愕したと同時に歓喜した。

イヴは何故呼び出されたのか、それはきっと鬱陶しいと怒られるんだと班の先輩や同期に言われたが、自分でもそうかもしれないと思った。

……それでも全然嬉しかった。

イヴは、実はずっと二人で話をする機会を窺っていた。
訓練兵からの同期にはリヴァイ兵士長に憧れて入団したと話していたが、
彼にずっと言いたいことがあった。
壁外に出るまでに絶対に伝えようと思っていた。
そのために入団したのだ。

だからこれは絶好の機会だと思った。

何か言われる前に告白してしまおうと考えを決め、イヴは緊張しつつ兵長の自室の扉を叩いて背筋を伸ばし声をかけた。


「失礼します! イヴ・サンローランです」


「......入れ」


部屋の主の小さな返事を聞いて、イヴが中に入ると、机の前に座っている兵長が見えた。


「お前は何のために調査兵になった、俺に気があるからか?」


イヴが口を開いた瞬間、いつもに増して冷たく鋭い目付きのリヴァイ兵長が先に口を開いた。
イヴは開いた口を塞げず肩を震わせ固まってしまった。


「......オイ、何か言え」


リヴァイは固まったイヴを見て眉間に皺を寄せて威圧をかけた。
威圧をかけて脅し、何なら躾でもしてもう自分を見るなと言おうと思ったのだ。


「あ......すみません、兵長。おっしゃる通り、あなたが好きです。多分......。実はずっと言いたいことがあったんです」


イヴははっとして言った。
威圧感に負けそうになったが、今じゃなきゃ言えないと思った。


「は?」


リヴァイは一瞬目を丸くして口を開いた。
脅す気が急激に引けた。
案外あっさりと告白してきたが、多分と言った。
言いたいことって何なんだと考えると、最初にハンジが言ったように実はどこかで会っているのかもしれないと思った。
明らかに自分に気がある奴がどんな奴か履歴書を調べたら年の差は10近くあり、しかも出身は王都と書いていた。
……そんな奴と知り合っているわけがない。
そう思ってイヴが話し出すのを待った。


「私は、地下街で育ちました......。あなたに救われたことがあります。覚えてません、よね」


「!」


リヴァイは驚いて顔をしかめた。
履歴書に書いていた出身は王都といえど地下のことだったのかと思い直しながら、地下街にいた時のことを思い返した。

思えば地下を出たのはもう4年程前のことだ。
20歳前後の今のイヴと昔出会っていたのだとしたら、それは随分ガキの頃のことだろう。


「......悪いが覚えてねぇな」


リヴァイは目をそらしながら答えた。
イヴは目をそらしたリヴァイが覚えてないと言ったものの、まだ考えてくれているようだったので、続けて話し始めた。


「......5年前です、ごみ溜めで5人の男にレイプされていた私を救ってくれました。あの時髪を切られて短かったですし、多分......私のことは見てませんよね」


リヴァイは思い出した。
妙に静かな道端を歩いていたら突然悲痛な叫び声が聞こえて不審に思い普段は近付かない臭いごみ溜めに向かうと、汚ねぇクソ豚野郎共に囲まれて血を流している女がいた。
とりあえずほっておくのも気が引けたから全員ぶっ飛ばしてやった。
そして震える女に上着をやったっけ......。
その女は確かにイヴに似ていたかもしれない。


「私その時からあなたを追っていました......調査兵団に連れられて行くのを見て、私も目指すことにしました。つまりストーカー行為です。ごめんなさい」


イヴは真剣に話し、俯いた。
リヴァイは今まで向けられていた好意を鬱陶しいと思っていたことを少し後悔した。
辛い昔話に同情すら覚えた。
そしてまるで犬のように慕って着いてきたであろうイヴに、年の差などどうでもいいと感じた。


「悪い、思い出した......どうやって地上に出た?」


イヴは思い出されたことに嬉しくも恥ずかしくなり顔を上げてリヴァイを見た。
さっきまで座っていたリヴァイは、いつの間にか立ち上がって窓の外を眺めていた。


「王都へ出る荷馬車に忍び込みました......地上に出ると憲兵がいたので、訓練兵団の入り方を教わりました」


イヴはリヴァイの背中を眺めながら話した。
リヴァイはその話にイヴを振り返った。


「......どうやって教わった?」


イヴは突然振り返られて目をそらした。
聞かれるかもしれないと覚悟はしていたものの、あまり言いたくはないことだった。
だが答えないわけにも、嘘をつくこともできない......そう思ってどこか泳いだ目で小さな声で答えた。


「体を使って......」


リヴァイはそんなイヴの様子と答えにため息をついた。
こいつはまだ外の世界の残酷さを知らない。
自分にとっては地下よりもこっちのほうが合っているが、男に殺されそうになるような女だ。
ましてや体を使ってここまで来たやつに壁外で生き残れるとは思えなかった。


「何故そうまでして俺に着いてきた? 地上に出れたならそこでもっといい生き方ができたハズだろう。ここがどうゆう所かわかってるのか」


言いながら扉の前で突っ立ったままのイヴに近付いてきたリヴァイに、イヴは少し後退りした。

……今まで強気だったのに、何も言えなくなった。
何だか泣きそうだ。
だって何故だか自分でもわからない。
今までの人生、疲れることばかりだった。
だがあの時救ってくれたリヴァイのことを思うと生きる勇気が沸いた。
あの時死に物狂いで地上に出なければ一生地下で娼婦にでもなっていたかもしれない。
地上で暮らせたとしても、華やかな王都に馴染めずに息苦しい思いをして生活していたかもしれない。
訓練兵団に入っても辛いことがあった。
でも、乗り越えた先にはリヴァイがいると思うと頑張れた。
それに仲間に出会えた。


「私にとって、これが一番の生き方なんです」


リヴァイが目の前にくると、あの時臭い男共を全て殴り飛ばして震える自分に上着をくれたリヴァイの姿と重なった。
あの時リヴァイが現れなければ自分は死んでいただろう。
もし死ねなかったとしても、自害したはずだ。
別に死んでもよかった。
自分は生かされたのだ。
だがあの時救ってくれたリヴァイが神様に見えた。
本当は死ぬのが怖かったのかもしれない。


「私はまだ巨人を見たことも、その恐怖も知りません......ただあなたに生かされて、その代償が欲しくてあなたを追いました。あなたを追う内に、憧れを抱きました。そんなあなたに着いていきたい一心でここに来ました。おかげで私は仲間を得ました。どうせ死ぬなら何かを遺して死のうと思いました......だから私はここにいます。すべてあなたが与えてくれたんです。なので、あの時言えなかった分も言わせてください。ありがとうございます」


......言い切った。
何を言われても、嫌われても、それでも良かった。
ただありがとうと言いたかった。

ずっとすっきりしなかった気持ちが晴れた気がした。
今やっと自分が何故ここまで来たのかわかった気がした。

これでもう、死んでも悔いはない。
そう思うとイヴの目に涙が溢れた。



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