長い夢

□第十一章 思い出
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イヴが向かったのは茶葉を栽培していた畑だった。


「分隊長、ここは?」


「......茶葉の畑だよ。紅茶の茶葉を栽培してたんだ」


ラベンダーの質問に、イヴは優しく答えた。

ラベンダーから見たイヴの横顔は優しく微笑んでいて、視線は畑に向いている。思い出があるとかそうゆうわけでなくても、この光景には誰しも微笑むだろう。

何故なら茶葉はまだ収穫できそうな状態で、畑は綺麗だった。


「まだ収穫できそうですね」


後ろでサムが何だか嬉しそうに微笑みながら口を開くと、他2名の男兵士は「へぇー」と不思議そうに口を開いた。どうやらその2人、ザックとブルーノは初めて茶葉を見るらしい。イヴは笑顔で後ろを振り返った。


「これ持ち帰ったら大手柄! 資金が集まるかもよ? 摘みかたは確か......」


言いながらイヴは畑に足を踏み入れ、それを見たメンバーは目を輝かせてイヴの手元に集中した。

茶葉のほとんどはウォール・ローゼの外で栽培していたため、物資が高騰化している中、もともと高級品だった茶葉はかなり高騰化していたのだ。
それを持ち帰ればかなりの資金の助けになる。

もちろんその意義で摘んでいたのだが、イヴにはもっと特別な感情が湧き出ていた。何故ならこの茶葉はグラン班でよく飲んだだけでなく、リヴァイが気に入った茶葉だったからだ。


「イヴ!」


「!」


手に持っていた袋半分ほど摘んだだろうか、丁度イヴが想っていた彼の声がイヴを呼んだ。イヴが振り返ると、リヴァイが顔をしかめて畑の前に立っていた。


「リヴァイ! どうしたの?」


「......今来れるか?」


深刻そうなリヴァイの表情に、イヴは顔をしかめて答えると、彼は小さく小屋に向けて顔を振った。

さっきリヴァイは小屋に入っていたし、小屋で何かを発見したのだろうか。イヴは何か胸騒ぎを感じながら畑を後にした。


「少し席を外すけど、周りの警戒を怠らないように。巨人がいつ現れてもおかしくないことを忘れないで」


「はい!」


イヴが一言4人の部下に向かって声をかけると、4人はそれぞれ茶葉を摘んでいた手を止めてしっかりと敬礼した。なんとも信頼できるその敬礼を見て、イヴは自然と笑顔になると同時にリヴァイのもとへ向かった。


「何かあったの?」


「......ああ」


目の前にきたリヴァイにイヴが訊ねると、リヴァイは小屋に向けて素早く歩きだしながら小さく答えた。
多分それ以上喋らない、イヴはそう思って無言で彼の背中を追った。

......小屋に入ると、リヴァイに付いていた2人の男兵士がいた。2人は顔を伏せて何かを堪えているようだ。

リヴァイとその後ろを着いていたイヴが2人の前を通ると、彼らは深く頭を下げた。イヴは一瞬横目でそれを見たあと、すぐに目線を戻した。


「......!」


見覚えのある和室が見えると、そこには人が倒れていた。イヴは目を丸くすると同時に片手を口にあてた。


「キンさん......!」


それはうつ伏せで顔は見えなかったものの、人類最年長であろうキンさんだとすぐにわかった。
イヴは一度芋を詰まらせたこの人を助けたことがある。
忘れもしない、それは丁度リヴァイと初めて食事担当した日の朝のことだった。

あの時は昼食準備のため他の4人には先に森に向かってもらい、2人で昼食準備をした後に村人に呼び出された。

半ば強引にリヴァイを引き連れてこの小屋に連れて来られると、キンさんは芋を喉に詰まらせていたのだった。

助けた後、お礼に紅茶を出してくれて茶葉の見分け方や美味しい入れ方を教わった。それをメモした紙は大事に部屋に閉まってある。

リヴァイは『同じ話ばかりで疲れた』と言っていたしそれほどいい思い出ではないのかもしれないが、イヴにとっては大事な思い出で、この人はそれを与えてくれた大事な人だ。

イヴはしゃがみこんでキンさんの手を触った。


「......」


......言葉が出なかった。
その手は人間とは思えない程冷たくて、カチカチに固まっていたのだ。
避難する前に亡くなったのだろうか。きっともう何日も経っている。イヴは思わず目を伏せた。


「......避難する前に逝っちまったんだろうな」


無言でしゃがみこむイヴを見かねたのか、リヴァイがその背中に小さく声をかけた。リヴァイがイヴをここに呼んだのは、この事実を確認してもらうためだったのだろうか。
イヴはまだ口を開けず、下唇を噛み締めた。


「寿命だったのかもな。お前をここに呼んだのは、この家のものを持ち帰っていいか許可を得るためだ......お前はコイツと親しかったからな」


リヴァイは淡々と言ってイヴの隣にしゃがんだ。一見冷たく聞こえるその台詞でも、その口調は優しくて、肩に触れてきたリヴァイの温かい手がイヴの心を和ませた。

イヴはリヴァイを見て微笑んだ。


「私にそんな権利ないけどね。......持って行かせてもらおう。ここにあって無駄になるより、役に立てる方がキンさんはきっと喜ぶから」


「......わかった」


リヴァイは小さく答えると、イヴの頭に手を置いて立ち上がった。一瞬優しく撫でられた感触に、イヴは目を閉じた。
イヴはここにあるものを持ち帰らせてもらうことを許してください、と心の中でキンさんに語りかけていた。


「許可は得た。お前ら、使えそうなものは全て回収しろ」


「了解です!」


リヴァイが入り口付近で待機していた男兵士2人に指示を出すのを聞いて、イヴは立ち上がった。
今は感傷にふけっている場合ではない、ここは巨人に支配されてしまった土地で、今は任務中なのだ。イヴは気を引き締めた。


「ありがとう、リヴァイ。キンさんは......」


「墓ぐらい建ててやるか。まだ時間はあるだろう」


「うん」


入り口の方からバタバタと物をあさる音を聞きながら、イヴは後ろにいたリヴァイを振り返って声をあげた。「キンさんはこのままにしておけないから私が運ぶね」と言おうとしたのを遮られ、しかも言われた言葉は優しい言葉だ。
真顔で言ったリヴァイは本当に優しい。イヴはこの人を好きになって本当によかったと思った。
イヴは抱き締めたい衝動を抑えて笑顔で返事をした。


それから2人で冷たく硬直したキンさんを抱えて外に出た。表向きの顔は本人かわからないほど痩せこけ、皮膚が腐ってきているような嫌な臭いもしたが、それでも2人は嫌な顔一つせずキンさんの好きだった茶葉の畑を見渡せる位置に穴を掘って遺体を埋めた。


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