長い夢

□第十章 分隊長
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「改めて、第九分隊長に就任したイヴ・サンローランです。私の両親は医者でした。二人は診療所を経営してたので、私は診療所で育ちました。多少知識があるだけで医師免許はありません。ですが、最低限の救護ができるように皆に指導していきたいと思います。これからよろしくお願いします」


各々班ごとに解散した後、イヴは班員を引き連れて誰もいない食堂を陣取っていた。
その一つのテーブルを囲んで席につくと、イヴは一番端の真ん中、いわゆる誕生日席で挨拶をした。


「まだ名前と顔が一致してないんだ、まずは自己紹介からお願いしていいかな......端からいこうか」


イヴはそう言うなり自分の右斜め前に座っている男兵士に目配せした。

ここまで淡々と言い切れたイヴだが、実は緊張が半端なかった。
最初の台詞もあらかじめ考えていたのだ。

そして順番に一人一人挨拶をしてもらう中、「巨人を見たことがあるか」という質問を交えてみると、壁の上から小さく見たことがあるだけで、シガンシナ区で巨人と対峙したという者は誰もいなかった。

そんな中、ラベンダーは自己紹介した後、「救護班を立ち上げるということで希望しました。私は、できることなら調査兵になりたくなかった......救護班なら、まだ安全な位置にいけると思って安心しました」と、イヴの左斜め前で堂々と言った。

希望して調査兵になった者が多くいる中、彼女は正直だった。

周りの男兵士が嫌味な目線をラベンダーに向ける中、イヴは微笑んだ。

何故か彼女の一言がイヴの緊張を解したのかもしれない。


「そうだね、安全かもしれない。でも勘違いしないで。壁外で怪我する兵士は数多くいる。まだ巨人に食われず息のある兵士を、死なせずに壁内に連れて帰ることが私達の役目なの。私は巨人から免れたのに出血多量やすぐに治療を受けれずに死んでいく兵士を多く見てきた......」


イヴはなるべく笑顔で話していたが、救えなかったグラン分隊長を思い出して口をつむんだ。

そういえばグラン分隊長はいつでも明るくて場を和ましてくれた、本当に頼りになる上司だった。

彼のようになれるだろうか......
イヴはふと、そう思った。

そんなイヴの顔は強張っていたのだろう、ラベンダーも班員も、イヴをじっと見据えていた。


「......私は、救えるのに救えない命をなくしたい。ただ、壁外での処置には限界があるし、一人じゃできない......だから皆にある程度の知識を身に付けて欲しい。ウォール・マリアが陥落してからはどうかわからないけど、安全な場所を確保することは簡単じゃないから、処置中に巨人が襲ってくることもあるかもしれない。皆にはそれを心構えていて欲しい」


イヴはゆっくり息を吸って思ったことを言い切ると、班員一人一人を見た。

男兵士達は真剣な顔をしていて、イヴにはやる気に満ちているように見えた。
イヴは少し安堵した。

さっそく上司ぶったことを言って、“何だコイツ”と思われるかもしれないと思ってしまったからだ。

ふと、左斜め前のラベンダーを見ると、彼女は俯いて下唇を噛んでいた。


「ラベンダー、正直に言ってくれてありがとう。救護技術は得意なんだよね? 頼りにしてるよ」


きっと彼女は自分の言ったことを恥じている、そう思ってイヴは励ますように彼女の肩をそっと手で触れた。


「すみません、私......頑張ります」


ラベンダーは少し顔を上げイヴを見て微笑んだ。
イヴはそんなラベンダーの顔を見て微笑み返した。


イヴには彼女の顔が凄く綺麗に見えた。


「この班の活動は救護技術を中心にやってくけど、通常の訓練も決して怠らない。班の活動方針はある程度決めてあるんだけど......皆、座学は得意かな?」


「......」


「わかった、とりあえず頑張ろう」


イヴの問いかけに、誰も答えず班員は俯いて苦笑いした。
それを見たイヴは瞬時に察して笑顔で締めた。

駐屯兵団の仕事が実際どんなものか知らないが、知識を使うようなことはなかったかもしれない。
きっとここにいる4人は訓練兵以来勉強というものをしていないだろう。


「勉強、するんですか?」


イヴがそんな想定をしていたところ、右斜め前にいる男兵士、どことなくホランに似ているサムが顔を上げてイヴに訊ねた。


「ある程度ね、知識は必要だよ。消毒の仕方や包帯の巻き方、止血方法に骨折時の対応と救命措置は訓練兵の時に習ったよね? 確かにその知識だけで足りることもあるよ。じゃあ、腕が食われて出血が止まらなかったらどこから止血する? 大きな血管がいくつもあるのは知ってる? 大事な血管はどこにある? 内臓が握りつぶされたなら、やられた内臓は何? 怪我した兵士を連れて来られたとして、わからないから処置できないだとか処置の方法を間違えて救われるはずだった命を落とすなんてことは絶対に避けたい......」


イヴは笑顔で答えながら、言い切って顔をしかめた。

何だか脅してばかりだ。
こんなので着いてきてくれるのだろうか。

イヴは不安になりながらも一人一人の顔を眺めた。


「わかりました、頑張ります!」


少し静まった中、一番初めに答えてくれたのはラベンダーだった。

それに続いて全員が頷いた。


「正直座学は苦手なんですがよろしくお願いします」


そう言って苦笑いしたサムに、イヴは「こちらこそよろしくお願いします」と笑顔で返した。

さっきまでの不安が一瞬の内に消え去ったように、イヴは大きく安堵した。


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