長い夢

□第七章 ドブネズミ
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それからいつの間にか年を越した。


時は845年を迎え、前回拠点をほとんど完成させてから約2ヶ月が経った。

未だ5名のグラン班は新メンバーを迎えることなく、そのまま訓練に励んだ。

ルークの班は3名失われていたが、引き続き班長を勤めるルークは、班長を失った班のメンバーを引き入れていた。


グラン班は訓練の合間に冗談を交えたりして相変わらず仲良くしていたが、いつも冷静な突っ込みをいれてくれるサレも、グラン分隊長のイヴに対する強引なアプローチを止めてくれるサレがいないことに時折寂しさを感じていた。

中でも一番寂しがっていたのはホランだった。

本人はもう立ち直ったと言っていつもの調子を保ってはいたが、時折見せる悲しげな表情と、いつもはおかさない訓練中のミスが、空元気であることを物語っていた。

リヴァイをサレと呼び間違えたりもした。

そんなホランをハンジは元気付けた。
グラン分隊長もリヴァイもイヴも、いつも通り接してはいたが、どことなく気遣っていた。


そんな状態が続く中、次の壁外調査が2週間後に控えられた。


次回は残る屋根を取り付け、ガスを実際に置いて拠点としての役割を開始させる予定だ。
ガス切れする前に拠点に補充に行き、安全に補充できるか実証する。
そのため、これまでで一番滞在が長くなる壁外調査となるだろう。


もしも失敗したら大きな損害となる。
ガス切れしては生きて帰る保障がない。


前回の節約分を含め、次回には莫大な資金がつぎ込まれた。



今まで拠点作成を成功できていなかったため、次回にはそれだけ大きな期待がかかっていた。


朝礼でそれが発表されると、グラン班はその場にいる兵士達から大きく讃えられた。


もしもここにサレがいたら、もっと素直に喜べたのに。
皆で酒でも飲んで、盛大に自分達を誉めてあげたのに。
それを一番思っているだろうホランを始め、グラン班一同は愛想笑いをしてその場を乗りきった。


グラン分隊長はそんなホランを励ますように、飲み会をくんだ。

このままでは次回の壁外調査でホランがやられると思ったからだ。


壁外調査を1週間後に控え、グラン班はリヴァイの歓迎会をしたいつもの酒場で飲み会を開始した。


「まずはお疲れ様! まぁ飲もう」


グラン分隊長が短めの乾杯の挨拶をすると、酒のたっぷり入ったコップを掲げて音を立てて縁をぶつけ合った。


ホランを真ん中に挟むように、その隣にハンジとグラン分隊長が座り、その前にはリヴァイとイヴが座った。

ホランは酒を一気に飲み干し、次の酒を注文した。


「おっ、すげぇ勢いだなホラン!」


隣のグラン分隊長がホランの肩を組んで言うと、ホランはもう酔ったかのように笑った。


「いや、なんか久々ですしね! やっぱ酒はウマイ!!」


その隣のハンジは苦笑いしてコップに半分残った酒を机に置いた。


「まさかもう酔ったのホラン? ......あ!」


ハンジが聞くと、ホランはハンジの酒を奪って飲んだ。


「ぷはー! 酔ってねぇよ、俺は酒には強いからな!」


飲み干して空になったコップを置いて、ホランは大きく息を吐いた。
ハンジはそんなホランを呆れた目で睨んだ。


「おいおい、さりげなく間接キッスか?!」


グラン分隊長はホランの肩を組んだまま、茶化すように笑って言った。

誰もがそれに突っ込んでくると思ったが、ホランは珍しく真剣に言い返した。


「間接キッスじゃ物足りないですね」


その言葉に、ハンジとリヴァイはゾッとした。

本気で告白していたことを知らないイヴは、単に欲求不満かと思った。

ハンジは身の危険を感じてイヴの隣に席を移動した。

それを見てホランははっとした様子で「冗談だよ、冗談!」と言ってはははと笑った。

冗談には思えなかった表情と声のトーンに、ハンジは苦笑いした。


ここで空気を変えてくれるはずのサレはもういない。


そこにリヴァイが口を開いた。


「欲求不満か、ホラン? 何なら隣のグランとでもキスしてみたらどうだ」


イヴはまさかのリヴァイの発言に、顔を歪めてリヴァイを見た。

リヴァイは至って真面目な表情で酒を飲んでいた。

グラン分隊長は目を丸くして大袈裟に笑ってホランの背中を叩いた。


「はははははっ!! リヴァイ、冗談がキツイな!!」


ホランは叩かれた背中を擦りながら苦笑いした。


「おいおい、リヴァイ! 俺はそこまで変態じゃねぇよ! お前ならまだしも、分隊長は髭もあるし気持ち悪そうだ」


ホランの言葉に、イヴとハンジは目を合わせて笑った。
グラン分隊長は少しショックを受けた。


「それって、リヴァイならいいの?」


「気持ち悪そうって......いくら男のお前でも言われたらショックだぞ、俺は。ちなみに俺の唇は柔らかいと評判だ」


イヴとグラン分隊長が交互に言うと、リヴァイは苦笑いした。
自分で言ったものの、リヴァイは何だか吐き気を覚えた。


「ははははは!! さすがにリヴァイは蹴られるどころか殺されそうだからやめとくぜ」


ホランは笑いながら店員によって置かれた追加の酒を口にした。

本人は明るく振る舞っていても、やはりサレがいなくなってからホランの調子は何かずれている。
それを全員が感じたが、それを今どうにかできる程単純なものじゃないということはわかっていた。

とにかく1週間後の壁外でヘマをしてしまうことだけはないように、それだけを願って4人はいつもの調子で笑うことにした。



それから次々と酒を飲み、ホランはもう顔が真っ赤になってでろでろに酔っ払っていた。

その様子を見るに見かねたリヴァイが隣に移動すると、ホランがリヴァイを見て言った。


「あぁ、サレか......どこ行ってたんだよ」


その言葉に全員が唾を飲んだ。
ホランは最初に訓練に戻った時、「リヴァイのおかげもあってもう吹っ切った」と言っていた。
そしていつも通りのホランに安堵したかと思えば、ホランは日がたつ毎にサレがいない寂しさが募ったように時折悲しげな表情を見せるようになった。

最初にリヴァイの後ろ姿をサレと呼び間違えた時は、笑って誤魔化してはいたが、間違えられたリヴァイのほうもどこか悲しそうだった。

それがまたきた。

今回は酔っているせいもあってホランは間違えたことに気付いていない。

ホランの隣にいるグラン分隊長は、顔をしかめて助け船を出そうか考えた。
向かい側の席にいるハンジとイヴは、何も言えずリヴァイが何か答えるのを待った。
リヴァイはそのままサレのふりをしようか一瞬迷ったが、真剣な顔で答えた。


「......悪いが俺はサレじゃない」


リヴァイの答えに、全員が息を飲んだ。
ホランはトロンとする目を大きく開けてリヴァイを見た後、何だか残念そうに俯いた。


「あぁ......悪ぃ、リヴァイか」


そんなホランに苛立ったのか、リヴァイはホランの胸ぐらを掴んで立ち上がり、無理矢理ホランを立たせた。


「オイ、しっかりしろ! テメェにはサレしか見えてねぇのか? 今ここにサレがいたらと思う気持ちは重々わかる......だがサレは死んだ、それでもテメェにはまだ仲間がいるだろうが! 俺はサレの代わりにはなれねぇが、お前の側にいてやることぐらいできる。どれだけお前にとって長く関わった大事な友人だろうと、辛いのはテメェだけじゃねぇ。さっさと立ち直らねぇとそのイカれた頭刈り取って腐った目ん玉ぶち抜くぞ」


その場が一瞬にして静寂に包まれた。

グラン分隊長は周りの他の客の目からそらすため、立ち上がってリヴァイとホランを隠し、周りに少し頭を下げた。

ハンジとイヴは座ったままその様子を眺めた。


リヴァイが胸ぐらを離してホランを乱暴に椅子に下ろすと、ハンジはホランの前の机に黙って水を差し出した。

ホランはそれを黙って口にすると、笑って口を開いた。


「相変わらず怖ぇーこと言うな、リヴァイは......でもおかげで目が覚めたよ。俺はどうかしてた......もう立ち直ったと思ってた。あいつがいなくても俺は普通にやってけると思ってた......でも日がたつ毎にどんどん思い出が甦ってきてさ、迷惑かけたよな、ごめん」


言い切って俯いたホランを見て、リヴァイはホランの前に座った。


「あぁ、迷惑だったな......このまま1週間後壁外に出たら、お前のせいで全員死ぬかもしれねぇ」


リヴァイはいつもの真顔でそう言って今度はホランの頭を掴んで無理矢理前を向かせた。


「今度しけた面してみろ、この髪全部削いでやる」


「はは、そりゃ困るな......益々モテなくなっちまう」


ホランは笑った。

真っ赤な酔っ払いの顔だが、今日一番自然な笑顔な気がした。

リヴァイはその顔を見て片側口角を上げて不器用に微笑んだ。
そしてホランの髪を優しく握って手を離した。

グラン分隊長はその様子を見届けてリヴァイの反対側のホランの隣に座って、ホランの頭に手を置いた。


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