長い夢

□第五章 深まる絆
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「うおっ、汚ねぇー! 見ろよリヴァイっ......うわっ!!」


家に近づくと、井戸のある裏手のすぐ前にある開いた窓からホランであろう声が聞こえた。


「オイ、こっちにくるな!」


すかさず今度はリヴァイの声が聞こえた。
そして何やら騒がしく水が激しく跳ねた音と木の棒が倒れたような音と共に、ホランであろう叫び声が聞こえた。
井戸の手前の部屋は風呂場だし、きっと風呂掃除をしているのだろう。
よほど汚れているのだろうか、中では一体どんな戦いが繰り広げられているのだろう。

グラン分隊長とハンジとイヴは各々目を合わせて聞こえた声に顔を歪めた。
何が起きたか想像するならば、ホランが転けてリヴァイを巻き添えにしたのだろうか。
そんなことを三人同時に考えて、静かに扉を開けて家に入った。


「ははははははっ」


持っていた荷物をグラン分隊長とハンジは部屋の隅に、イヴは台所にそっと下ろすと、今度はサレの笑い声が聞こえた。


「笑い事じゃねぇよ、お前にもこのヘドロつけてやろうか」


「ちっ、ホラン......そこから一歩でも近づいてみろ......このたわしをお前の顔に擦り付けてやる」


「おいおいおい、リヴァイ! 悪かったよ、さっきのは事故だろぉ!」


広間にいた三人は目を丸くした。
やはり予想通りホランが転けてリヴァイを巻き添えにしたのだろうか、大変そうだが何やら楽しそうだ。
グラン分隊長は嬉しそうに微笑んでいた。
イヴは小さな声で二人に向かって話しかけた。


「どうしましょう......帰ったこと伝えたほうがいいですか?」


グラン分隊長は微笑みながら小声で返した。


「そうだな、イヴちゃんが行くか? あいつらびっくりするかもな」


グラン分隊長の言葉に、ハンジは三人が驚くところを想像して、にやけながら小声で言った。


「それ面白そう! 行ってきてよイヴ」


イヴはこのまま何も伝えずにいるのも悪いし、伝えにいくなら迷惑をかけた自分だろうと思った。
それに今風呂場ではどんなことが起こっているのかも気になるし、リヴァイの姿を一目見たいとも思う。
二人に勧められて、確かに驚かせるのも面白そうだと思った。


「わかった、行ってくる」


イヴは声をかけに行く決心をし、広間を出てそっと廊下に一歩踏み出した。
グラン分隊長とハンジは一瞬目を合わせてワクワクしながら見守った。



廊下を数歩歩くと脱衣所につながるドアの前に来た。
中からはさっきまでの賑やかな声はなく、時折ホランのうめき声と床を擦る音や水が弾けるような音が聞こえてきた。
イヴは緊張のせいか、高鳴る心臓を感じて深呼吸した。
そして唾を飲んでからドアを軽く叩いたあと、ドアの中に向かって声をかけた。


「おーい、帰ったよ!」


同時にまた木の棒が倒れるような音と、「うわっ」という声がしてイヴは顔をしかめてドアに手をかけた。
驚かせようとは思っていたものの、自分が声をかけたせいで中でわやが起きてしまったのなら申し訳ない、それに心配だ。
そう思って扉を小さく開けた。


「わっ、イヴ! 見ないほうが......!」


すると脱衣所の掃除をしていたのであろうタンクトップにズボンの姿のサレが立ち上がってイヴを制止した。

イヴはそんなサレに驚きながらもドアを全開にして風呂場のほうに目をやると、倒れたデッキブラシを拾い上げようとしているホランと、風呂釜の中に入ってたわしを持っているリヴァイが目に入った。
しかも二人は全身濡れていてパンツ一丁の姿だ。

イヴは目を丸くして一瞬固まった。
濡れる風呂掃除をパンツ一丁でやるのは別に大したことじゃないはずだが、見てはいけないものを見てしまった気がした。
制止するサレは、後ろを気にした様子で頬を赤らめている。
イヴはそんなサレを見て苦笑いしながらすぐにドアを閉めた。


「ご、ごめん! デリカシーなかったよね、はははは......あ、そうだ! 珍しい茶葉もらったから一段落ついたら皆で飲もうね!」


イヴは苦笑いしながら何とかそう言って広間に戻った。


「どうだった?! 掃除、苦戦してた?」


イヴが広間に戻って一息つくなり、にやにやして椅子に腰かけているハンジに聞かれた。
グラン分隊長もハンジと反対側の椅子に座って微笑みながらイヴを見ていた。
イヴは二人を見て安心した気分になり、胸を撫で下ろした。


「苦戦してたみたいだよ。ホランとリヴァイが風呂場で、サレが脱衣所掃除してた......しかもサレ以外パンツ一丁で」


イヴは先程見てしまった光景を思い出すと何故か恥ずかしくなり、苦笑いしながら台所に足を進めた。
よく考えれば風呂の掃除なんだからその姿は想像できたかもしれない。
普通なら脱衣所のドアは開けたまま掃除するだろう。
よく考えもせずにドアを開けてしまったことを後悔した。
サレは大丈夫だろうけど、ホランとリヴァイが戻ってきたらどんな顔して話せばいいんだろう。


「ははっ! パンツ一丁て......それ嫌なもん見ちゃったね、イヴ」


「あいつらイヴちゃんに嫌なもん見せつけやがって! 気にしなくていいよ、イヴちゃん。後で謝ってもらおう」


ハンジとグラン分隊長は台所に向かうイヴを目で追いながら、イヴの心中を察して言った。
普段なら男女で寮は離れているし、男の裸なんて見ることはない。
かろうじてパンツを履いていたとはいえ、見た方も見られたほうも恥じらいがあるだろう。

イヴは台所につくとコップに水を注ぎそれを一気に飲み干した。


「風呂掃除は濡れるし、よく考えればわかることだったよね......私が悪いです、分隊長」


イヴはハンジと分隊長を交互に見て答えた。
空になったコップにもう一杯水を注ごうとしたが、朝汲んだボトルの水は空になってしまった。
イヴは井戸に汲みに行こうと思ったが、そういえば井戸のすぐ前の部屋は風呂場だと思い出した。
汲みに行って、開いた窓からもしも
リヴァイの姿でも見えてしまえばどうしたらいいかわからない。


「俺が汲んでくるよ、イヴちゃん」


空になったボトルを見つめたまま固まったイヴを察して、グラン分隊長が立ち上がって声をかけた。
イヴははっとした。
上司にそんなことさせるのは申し訳ないが、正直すごくありがたい。


「あ、ありがとうございます......すみません」


イヴは断ることができずに頭を下げてボトルをグラン分隊長に渡した。


「気にするな、イヴちゃんは休んどいて」


グラン分隊長はそう言うなり扉から出ていった。
その大きな背中を見送ってイヴは先程グラン分隊長が座っていたハンジの前の席に腰を下ろした。


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