長い夢

□第八章 昇格
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それからハンジが心配になったイヴは、リヴァイと別れ女子寮の自室へと戻った。


ランプに照らされた二段ベッドの上に、ハンジはいた。

空きベッドが多数あるというのに、わざわざ上に上るハンジは、いつもイヴに気付かれないように泣いていたり気持ちを整理したりしていたのだろうか。

強がって二人きりにしてくれたものの、きっとハンジは今も声を押し殺して泣いているんだ。

イヴはそっとベッドに足を寄せ、階段を上ってハンジを覗いてみた。

レポートを書くと言っていたハンジは、日誌と手紙と眼鏡を枕の横に置いて、枕に顔を埋めていた。

そんなハンジの名前をイヴは小さく呼んだ。


「ハンジ......」


ハンジは一瞬体を震わせて、顔だけこっちに向けて小さく答えた。


「イヴ......早かったね」


そう一言答えると、ハンジは枕で顔を拭いてゆっくり起き上がった。


「うん、ありがとね......気を利かせてくれて」


イヴは起き上がったぐしゃぐしゃのハンジの顔を見て、小さく微笑んだ。


「はは、どうだった? ちゃんと告白した?」


ハンジは目を擦りながら笑って言った。

ランプの影になってよく見えないハンジの顔は、きっと目が赤く腫れていて、まだ気持ちの整理もできていないんだろう。

それなのに人のことばかり気にするハンジに、イヴは素直に答えた。


「うん、ちゃんと言ったよ。ハンジの言う通り両思いだった......キス、してきた」


いつもなら照れ臭くて言えないだろうことも、さらっと言ってきたイヴに、ハンジは少し目を丸くして笑った。


「ははっ! そっか、それはよかった! 本当におめでとう」


イヴは笑うハンジの顔を見て、微笑み返しながら言った。


「横、座っていい?」


「ああ、いいよ」


ハンジは笑いながら布団を乱暴に退けて、イヴが座る場所を空けた。

いつもは下にあるイヴのベッドに座って会話をするもんだから、慣れない環境にイヴもハンジも少し緊張を感じた。


イヴは階段を跨いでハンジの隣に三角座りをすると、ゆっくりハンジの背中を撫でた。


「人のことばっか気にかけて、おかげで私だけ幸せな気分を味わって。......泣いてる親友置いて私はとんだ酷い女だよ......ほんと強がりだよね、ハンジは」


あぐらをかいていたハンジは一瞬体を震わせると、何かを堪えるように笑った。


「何言ってんの、泣いてないよ! 私はイヴが幸せなら、それが私にとっても幸せなんだ......っ痛!」


イヴは優しく撫でていたハンジの背中を半ば強めに叩いた。


「強がりばっかり! たまには弱音吐きなよ、私ばっかり助けてもらって......これじゃあ私も素直に喜べないよ! 親友なんだから、もっと心開いてよ」


イヴは強めに言った。

何だかハンジよりも先にこっちが泣きそうだ。......いや、それは駄目だ。
どうしてこうも自分はいつも感情を抑えられないんだろう。

イヴはそんなことを思いながら、溢れそうな涙を堪えてハンジの言葉を待った。


「......はは、バレてた? ごめんね。イヴに負担かけたくなくてさ、でも今回はさすがに応えたなぁ......好きだった人と、好きだと言ってくれた人が同時にいなくなっちゃうんだから」


ハンジは意を決したように話し出した。

イヴは話し出してくれたハンジの言葉を、一つ一つ噛み締めた。


「自分で言うのも何だけどさ、私も変態だよね......イヴのことが好きだとわかってる人を好きになっちゃったんだから。言えるわけないよ、言っても誰にも得なんてないんだし。でもグラン分隊長はちゃんと気付いてくれてたみたい。手紙にさ、書いてたんだよ......『お前の好意が嬉しかった』って。あの人は馬鹿みたいだったけど本当に鋭いよね、っ......」


ハンジは話しながら涙を流した。

イヴは黙って頷きながら、ハンジの背中を擦り続けた。


「ホランに告白されてさ、こんな自分でも好きになってくれる男がいるんだと思うと嬉しかった......あれだけ日誌で茶化されてさ、本気で言ってきたのは本当に驚いたよ。すぐにイヴに報告したかった。でも断ってしまったし、ホランを傷つけたくなかった」


イヴは小さく相槌を打った。


「......うん」


ハンジは涙を押さえながら話し続けた。


「サレが死んでからさ、ホランの調子が狂った時、私慰めるために『体貸してやる』って言ったんだ。まぁ、リヴァイに止められたけどね、『気持ちがないなら近づくな』って言われたよ。リヴァイはちゃっかりしてるよねー、イヴは本当いい男好きになったと思うよ」


ハンジは微笑んで横目でイヴを見た。
イヴは苦笑いして小さくそれに答えた。


「何言って......」


ハンジの話をしてるというのに、どうしてこうも話を振ってくるのだろう。

ハンジは小さく笑ってまた話し始めた。


「でもさ、気持ちがないわけじゃなかったんだ。迷ってたのかもしれない......“大事なものは失ってから気付く”って言うけど、二人同時になくなっちゃったら、わからなくなるよね......っ!」


ハンジは言い切って顔を背けた。
途端、背中に置いたままだったイヴの手に震えが伝わってきて、堪えるように泣いていることがわかった。

イヴは背中に置いた手をそのままに、もう片方の手を広げて言った。


「ハンジ......今なら胸、空いてるよ」


「はは、ありがたくお借りするよ」


ハンジは微笑みながらそう言ってイヴの胸に顔を埋めた。

小柄な割に大きな胸は柔らかくて、しっかり伝わる心臓の鼓動と温もりが、更に涙を誘った。

ハンジはやっと気持ちを解放したように声を出して泣いた。


「......これまで一人で抱えて溜め込んで、辛かったよね......苦しかったよね......っ! 気付いてあげられなくて、ごめんね......っ」


イヴは震える親友の背中を抱き締め、頭をそっと撫でると、泣き出したハンジの気持ちを察して涙が溢れた。


「っ、何言ってんのっ! イヴはっ、悪くないよ......っ!」



その夜、他に誰もいない女子寮に二人の泣き声が静かに響いた。


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