刀剣刀さに小説

□【長谷部】姫縛り〜主従逆転奉仕〜
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とある本丸の毎日の朝礼。
「――というわけで、今日から俺が審神者だ」
刀剣男士たち全員を大広間に集めると、昨日までこの本丸の近侍であったへし切長谷部は開口一番にそう告げた。
「何だよそれ! 聞いてねぇぞ、へし切!」
真っ先に食って掛かったのは、彼と浅からぬ因縁を抱える短刀の付喪神たる不動だ。しかし長谷部はそんな彼にぴしゃりと言い放つ。
「主と呼べ、不動行光」
「はあ!? 何言ってんだよ、お前!」
つい昨日まで同輩だった者に急にそんなことを言われても、納得できるはずがない。不動は当然のごとく食い下がるが、長谷部は相手にしない。
「うるさいぞ、いちいち騒ぐな」
そう吐き捨てると、不動から視線を外す。長谷部と不動。この二人のこじれやすさは相変わらずだ。
そんな彼らを見かねて、長谷部のそば近くに控えていた審神者……いや、昨日まで審神者だった少女は、眉を顰めて口を開いた。
「……二人とも、落ち着いてください」
「あ、主……」
「……不動さん、もう私は主ではないですよ」
涙に潤んだ瞳で自分を見上げてくる不動に、元審神者は柔らかな苦笑を返す。
そんな彼女に一瞬だけ視線を投げてから。改めて長谷部に挑むように問いかけてきたのは、傾国の名刀と謳われる打刀の刀剣男士、宗三左文字だった。
「……それで、今日の出陣はどうするつもりなんですか? 長谷部」
宗三もまた、不動と同じく長谷部を主とは呼ばなかった。しかし長谷部はそんな宗三を相手にせず、左手に持っていた小さなノートに視線をやる。長谷部はそのまま、朗々とした声でノートの内容を読み上げ始めた。
「それでは今日の内番と遠征と出陣の組み合わせを発表する。まずは――……」
内番や出陣などの組み合わせ、つまり誰がどの役割や作業を担当するのかは、きちんと事前に決定し本人たちにも知らせているのだが、この本丸では確認や周知徹底も兼ねて当日の朝礼でも改めて告知する。
つい昨日までは長谷部の隣に控える少女が、この本丸の主としてノートを読み上げていたのだが、今日からこの本丸の主たる審神者は少女から長谷部となった。ゆえに、この割り振りの発表も彼が行っていたのだが。
とはいえ、自分を出し抜いて新たな審神者となり、昨日まで自分が持っていたノートを手に、この本丸の新たな主として場を仕切る長谷部を、元審神者の少女は寂しげな面持ちで見上げる。
昨日までは近侍であり一番の部下もあり、そして自分の情人でもあった長谷部。つい昨日までは忠実な下僕そのものであった彼が、今や完全なる下剋上を果たし、自分を召使のように従え、その様は見事なまでの主従逆転といったありさまだった。
「――以上だ。それでは各自持ち場に向かうように。解散」
この本丸の新しい審神者として場を仕切る権限があるとはいえ、あまりにも一方的に朝礼を終わらせようとする長谷部に、これまで彼の口上を黙って聞いていた他の刀剣男士の面々からも、非難めいた声が上がる。
もう少し何か言うことがあるはずだろう、皆の想いを代弁し口を開いたのは、短刀の男士である薬研だった。
「おいちょっと待てよ、長谷部の旦那」
「何だ、薬研藤四郎」
「大将は…… これからどうなるんだよ」
今もなお長谷部の隣で心細そうにしている彼女を気に掛けるそぶりを見せながら、薬研は長谷部に非難がましい視線を送る。
しかし、薬研の疑問はもっともだった。先ほど長谷部が読み上げた本日の業務の割り振りに、元審神者の少女は含まれていなかった。
長谷部はしばしの間黙り込むと、眉間にわずかに皺を寄せ、改めて口を開く。
「……元審神者は俺が預かる。お前たちが気を揉む必要はない」
「預かる? それは聞き捨てならねぇな」
珍しくはっきりとしない長谷部の物言いに、薬研の声が低くなる。
長谷部とは形は違えど、彼もまた元審神者を大切に想う刀の一振り。かつての主人を守ろうと、薬研は長谷部を敵意すらこもった瞳で睨みつける。
「……まだ引き継ぎが終わってないからな。彼女はしばらく俺と行動をともにしてもらう」
そんな彼に気圧されたのか、長谷部の語気が若干緩み、その場の空気もまたわずかに穏やかさを取り戻した。
「――おい。引継ぎが終わったあとは、彼女を一体どうするつもりだ」
今度口を開いたのは、打刀の山姥切国広だった。この本丸の初期刀でもある彼もまた、長い縁の元審神者を心配しているようだった。
自分よりも長い時間を彼女と過ごしてきた初期刀の言葉に、長谷部は一瞬だけ不快感を露にするが。すぐに表情を戻すと、そつのない答えを返す。
「……安心しろ、引継ぎを終えてからも彼女はこの本丸に残る」
そう明言する長谷部に安堵したのか、山姥切は淡い微笑みを浮かべると、満足したのか瞳を伏せた。
他の刀剣たちもようやく人心地がついたのか、場の緊張が一気に緩み、あたりはにわかに騒々しくなる。
「なら良かったよ」
「そうだなぁ」
そう口にして笑いあうのは燭台切光忠に三日月宗近だ。三日月は長谷部のそばで所在なさげにしている元審神者に視線を送ると、穏やかに微笑みかけた。
「――他に質問がないなら朝礼は以上だ。各自持ち場につけ、解散」
場の空気が緩んだこの機に乗じて力強く言い切り、長谷部は今度こそ朝礼を終わらせた。
がやがやとそれぞれの持ち場に向かう男士たちを尻目に、長谷部は自分の隣の元審神者の少女の手を取る。
「……それでは、参りましょう」
恭しくそう口にすると、長谷部は彼女をまるで攫うようにして、現在は自身の居室でもある、審神者の執務室に連れて行ってしまった。

***

この部屋はこれまでずっと自分が過ごしてきた場所でもあるのに、新しい審神者に客人として招かれて入ると、知らない場所のようにも感じる。
「……意外と皆さん納得してくださるものですね」
二人きりの薄暗い室内。どことなく重い空気を纏う無言の長谷部を気遣い、元審神者は遠慮がちに彼に話しかける。
「それでは引継ぎ業務の続きをしますか? でももう、ほとんどすることもないですが……」
ずっと彼女の近侍として、あるいは情人として、公私にわたって元審神者を支え続けていた長谷部だから、審神者の業務の勝手くらい分かっていた。となれば元々優秀で呑み込みの早い彼に、改めて伝えるべきことも多くはなく。
「いえ、それはもう不要です」
「っ……」
けれど、たとえそうであったとしても。改めて本人からきっぱりと言われてしまうと、やはり傷ついてしまう。
元審神者は悲しそうに瞳を伏せるが、長谷部はそんな彼女に向き直ると、いたって真面目な表情でとんでもないことを口にした。
「そんなことよりも、俺はあなたを抱きたい」
「っ! 何言ってるんですか、長谷部……!」
「……出来れば、長谷部ではなく主とお呼び頂きたいのですがね」
驚きに戸惑う元審神者の少女に対し、長谷部は瞳を逸らして苦笑する。しかし、長谷部は改めてその藤色の瞳で彼女を見据えると。
「主命です。お嫌とは言わせませんよ」
「ッ、何言って……」
「まずは湯あみをしましょうか。幸いこの部屋には内風呂がありますので」
「っ!」
強引で自分勝手で酷薄な本性を、長谷部はここぞとばかりに発揮する。けれど、元審神者へのこの冷酷さは同時に、長谷部の彼女への強い想いや執着の裏返しでもあった。
それを知っている元審神者は、長谷部を拒むことができない。このような仕打ちをされてもなお、長谷部を愛する元審神者は、不本意ながらも彼の命に従った。
主命は絶対なわけではない。どうしても嫌なのであれば、拒むこともできる。しかし、少女は長谷部に真名を盗られてしまっていた。ゆえに彼女は長谷部の無茶な命にも逆らえず、それが今回の主従逆転劇の原因となってしまったのだが、それにしても。
他の刀剣男士たちは出陣や内番に励んでいるというのに、こんな日も高いうちから、二人で湯を浴び交合をするだなんて……。
元審神者は罪悪感に苛まれるが、しかし同時に背徳の興奮で、その美しい肉体の最奥を熱く濡らしてしまっていた。

***

情事の前の清めの入浴は、やはり何度経験しても緊張してしまう。
薄手の湯帷子を纏った元審神者は、部屋の内風呂で長谷部の背を流してやっていた。
白く煙る湯気に、馴染みのある石鹸と檜の匂い。蒸し暑い浴室で長谷部の世話を焼くうちに、元審神者の心は若干の落ち着きを取り戻す。いつの間にか、平素よりさらに不安定な今の長谷部にも、穏やかに話しかけることが出来るようになっていた。
「……こうやってゆっくり過ごすのも久しぶりですね」
「……そうですね」
本丸は大所帯だから、なかなか水入らずというわけにはいかない。特別の機会を設けたり、あるいは皆が寝静まったころを見計らい、ひとときの逢瀬を重ねるばかりだった。
それが楽しかったこともあるけど、こんな日も高いうちから堂々と二人きりで過ごせる今も、互いに想い合う長谷部と少女にとっては幸福なもので。特にこれまで元審神者の臣下として、彼女への独占欲を押し殺していた長谷部にとっては、職権の乱用によって手に入れた今の状況は、まさに至福と言ってもよかった。
湯に浸かり気が緩んだのか、長谷部は柔らかな笑みを浮かべると、自分の背後に膝をつく元審神者に声を掛ける。
「――様、俺は幸せです。まさかあなたとこうやって夫婦のように過ごせて、風呂で背中まで流して頂けるなんて……」
「……長谷部」
「夢のようです」
元審神者の真名を愛おしげに口にしながら、長谷部は惚けたような笑みを見せる。その笑顔は、彼とただならぬ関係にあった元審神者すら目にしたことのない、おおよそ彼らしくないもので、元審神者は長谷部の深い喜びを感じ取り、思わず表情を緩めてしまう。
湯気で煙る浴室に、にわかに穏やかな空気が流れる。腰にタオルを巻きつけただけの長谷部は、改めて後ろを振り向くと、自分に傅く元審神者をその逞しい腕に半ば強引に抱きこんだ。
「俺は…… 俺はずっとこうやって、あなたを独占したかった……」
一言一句を噛みしめるように口にする長谷部に、元審神者は彼に掛ける言葉を失う。彼女にできることはただ、彼の名前を呼ぶことだけだ。
「長谷部……」
「……今までのあなたは、いかに俺と特別な関係にあったとしても、
大勢の配下を抱える主で、俺はそのうちの一人でしかなかった。確かに俺はあなたの一番刀でしたが、あなたは他の者にも目を配り 心を配っていた」
「っ、それは……!」
「わかっています。それはあなたがこなさねばならない責務です。
けれど、ずっと妬ましかった」
これまで堪え続けていたものが、溢れて止まらなくなってしまったのか、それとも彼の心の内で何かが切れてしまったのか、長谷部は妙に饒舌に腕の中の元審神者に言い募る。
長谷部は彼女の頬に手をやると、唇が触れそうなほどに近くまで、
その端正な面差しを近づける。腰にタオルを巻いただけの彼にそんなことをされて、元審神者は驚きと羞恥に頬を赤く染めてしまう。胸の鼓動もまるで早鐘を打つかのようだ。
けれど、そんなありさまだというのに、元審神者は長谷部から目を逸らせなかった。彼がそれを許さなかったからだ。長谷部は少女の頬に手を添えたまま、なおも切々と思いの丈を口にする。
「……他の刀剣たちになど目を向けず、俺のことだけを見て欲しいと、ずっと願っておりました。けれどもうあなたは俺や他の連中の主ではない」
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