◆刀剣・刀さにNL小説◆

□【三日月】月夜の逢瀬
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 あっけらかんとした様子の今剣に、しかし審神者は眉を寄せる。小狐丸が審神者の許可なく内番を交代するなんて、これまでにただの一度もなかった。内番とはいえ、意外に真面目な小狐丸が、勝手な行動をとるなんて……。彼が何を考えているのか分からずに、審神者が不安になっていると。

「主〜〜! 大変だよ〜!」

 赤いマフラーと黒のロングコートの裾を風になびかせながら、近侍の加州が慌てた様子で駆けてきた。

「手合せでさ、負傷者が出ちゃった!」

「えっ!?」

 内番のひとつである手合せ。それは文字通り同じ本丸の刀剣同士での剣の稽古で、いわば訓練だ。それで負傷者が出るなんて。そんなことはこれまで一度もなかった。みんな節度を守って鍛錬に励んでいたと思っていたのに……。

「……なんか知らないけど、小狐丸が三日月にさあ」

 不満たらたらの加州が口にした言葉を聞いて、審神者は顔色を変えた。

「――っ!」

 演練から戻って来てすぐ、石切丸もその場にいたというのに、審神者は妙に不機嫌な小狐丸に随分としつこく絡まれた。いつも柔和でさっぱりとしている小狐丸の、らしくない振る舞い。

 別れ際の、首元に鼻先を近づけられたあのときに、小狐丸は自分と三日月との関係に、勘づいたのかもしれない。三日月に渡されたインナーには、彼の香りがしっかりと焚き染められていたから。


 審神者の脳裏に、いつも人懐っこい笑顔を向けてくれていた小狐丸の姿が蘇る。「ぬしさま、ぬしさま」と優しい声で自分を呼んでくれた、可愛らしい小狐丸。彼もまた、審神者にとっては大事な仲間だった。

 いや、彼だけではない。本丸の刀剣は彼女にとって、皆等しく大切だった。

 加州清光に石切丸、今剣に岩融、そして今回の騒ぎを起こした小狐丸に、人には言えぬ関係に陥っている三日月すらも。彼女にとっては皆等しく大切で、序列などつけられるはずもなかった。

 そんな彼らが仲間同士で喧嘩をして、怪我をするなんて。あまりの衝撃に審神者は顔色を失う。

 心配そうな岩融と今剣を残して。審神者は大急ぎで近侍たる加州とともに、小狐丸と三日月のもとに向かった。



***



「――何やってるんですか! 三日月さん、小狐丸さん!」

「主……」

「ぬしさま……」

 身に纏う衣が破れるほどの傷を負った二人は、呆然とした様子で審神者を見上げる。内番の手合わせは模擬戦闘であるとはいえ、あくまでも練習や稽古であり、そこで血が流れることは本来ならありえない。

 しかし、怪我を負い血を流している、今の三日月と小狐丸は、まるで戦場から戻ってきたばかりのようだった。自らも傷を負いながら強敵をなんとか倒し、ようやく自陣に戻って来たところ、というような。

 そんな二人を、審神者は目を吊り上げて怒鳴りつける。

「一体何があったんですか!?」

 元々彼女は刀剣たちが怪我をしているところを見るのが嫌いだった。闘うことが使命なのだと理解していても、刀剣たちとは違い、元々は戦争とは縁のない平和な世界で暮らしていた少女であった審神者は、怪我人を目にするとやはり胸が痛むらしく。手入れをすれば直るというのに、刀剣たちの傷や怪我に対して必要以上に神経質になるきらいがあった。とはいえ、出陣や演練での負傷で彼女が取り乱すことはなかったのだが。

 激昂する審神者に、しかし三日月と小狐丸の二人は何も答えない。何があったのかは双方言いたくないようで、二人とも気まずそうに黙り込んでいた。しかし、そんな彼らの態度を反省していないと受け取ったのか、審神者はますます口調を荒らげる。

「黙ってないで、なんとか言ってください! 手合せで怪我だなんて信じられません! ほんとに……!」

 激昂した彼女はついに、その大きな瞳からぶわっと涙を溢れさせる。それにより、張り詰めていたものがぶつりと切れてしまったのか。ついに彼女は俯いて、肩を震わせながら泣き始めた。ときおり嗚咽を漏らして、しゃくりあげるその様子は、よほど三日月と小狐丸の喧嘩が堪えたようだ。

 審神者のあまりの取り乱しぶりに、加州は慌てて彼女を宥めようとする。

「ちょっ…… ねぇ、落ち着きなって……」

 審神者に駆け寄り、傍らに陣取ると、その小さな背中を撫でさすりはじめた。刀剣男士の中では小柄で細身の加州だが、少女たる審神者と並ぶと、なかなかどうして逞しく立派な男のように見える。

 しかしそれは、とりもなおさず、少女たる審神者がそれほどまでに頼りなげな佇まいだということだ。そんな彼女が俯いて涙をこぼす姿に、三日月と小狐丸は改めて胸を痛める。

 しかし、審神者は顔を上げると、涙に濡れた瞳で三日月たちを睨みつけてきた。

「落ち着いてなんていられませんっ! なんで……っ!」

 しかし彼女はそこまで一息に口にすると、再び喉を詰まらせて俯いた。

「も、ちょっと……! 主ってば……!」

 一向に泣き止む気配のない彼女を、加州は懸命に落ち着かせようとする。まるで幼い子供をあやすように、その頭をなでてやる。

 審神者が刀剣たちの前でここまで取り乱すのは久し振りで、三日月と小狐丸は呆気にとられた様子で、審神者と加州を見つめていた。

「主……」

「ぬしさま……」

 しかし、揃ってぼんやりとしていたら、過保護な近侍に、案の定怒られてしまった。

「ちょっとそこの二人! なにボケッとしてんの!」

 早く謝ってよね、とばかりに。加州に睨みつけられて、慌てて二人は審神者に頭を下げる。

「……主よ、すまなかった」

「……申し訳ございません、ぬしさま。もういたしませぬゆえ」

 そして。三日月と小狐丸の二人は加州に手入れ部屋に押し込められた。手入れを終えてからも加州に再び怒られて、自業自得とはいえ、三日月と小狐丸は散々な一日を過ごしたのだった。



 その夜。三日月は自室にて、今日の出来事を振り返っていた。割り当てられている刀剣部屋だ。意外と広い個室で、一人で物思いに耽るには、ちょうどよい場所でもある。

 あの手合せ。らしくなく熱くなってしまったことを反省しつつも、三日月は口元を僅かに緩める。

 審神者に怒られたのが嬉しかったのだ。怒られて心配してもらえるのはやはり、愛されていると実感できる。そして、何よりも。

「――何やってるんですか! 三日月さん、小狐丸さん!」

 恋敵よりも先に、名前を呼ばれたのが嬉しかったのだ。自分との関係を隠したがる審神者は、公の場ではいつも素っ気ない態度だけれど。隠し切れぬ本心は、その名を呼ぶ順番に現れていた。

 手合せは引き分けだったけど、恋の鞘当ては自分の判定勝ちといったところだろうか。三日月は満足げに笑うと、部屋の障子を僅かに開けて、今宵の漆黒の空を見上げた。

 わかりにくい彼女の秘められた愛も、この空に浮かぶ美しい朧月のように、また愛おしく感じられるのだ。
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