刀剣刀さに小説

□【三日月】月夜の逢瀬
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漆黒の空に浮かんでいるのは、美しい居待月だ。しかし、それには目もくれず。彼、三日月宗近は本丸の中央にある庭園を足早に通り抜けようとしていた。常日頃はあんなにものんびりとしている彼が急いでいるのは珍しい。
どこか人目を忍んでいるかのようなその様子は、まるで恋い慕う女人のもとに向かう男のようで。
しかし、美しい月に雲がかかったと同時に。その穏やかな声は三日月の耳に届いた。
「――三日月殿、どちらへ?」
草木の陰から現れたのは、三日月と同じ三条太刀の付喪神たる小狐丸だった。
その名の通りの、食えない狐のような彼の出現に、三日月は一瞬だけ驚きに目を見開くが。しかし、三日月はすぐにいつも通りのゆったりとした笑みを浮かべる。
「……じじいは夜遅いのが苦手でな。寝るさ」
今まで三日月が向かおうとしていた先には、たしかに彼の私室がある。彼個人の刀剣部屋だ。しかし、同じ方向には審神者の居室もあった。
けれど「寝る」と言われてしまっては、小狐丸も咎めることができない。
「……」
不満げな顔で、けれど何も言わずに、小狐丸は三日月の背を見送った。
美しい金の房飾りのついた瑠璃色の狩衣の背が、宵闇に溶けて消えてゆく。


***

「――主よ、入るぞ」
審神者たる彼女からの返事も確かめず、三日月は部屋の障子を開けた。
「……ッ!」
机で書き物をしていた彼女は、突然やってきた三日月によほど驚いたのか、小さく息を呑み肩を竦ませた。不安げな瞳で三日月に視線を送る。
「……どうして、三日月さんは開けれるんですか」
開けれるというのは、審神者の居室の障子のことだ。本来であればそれは、主たる彼女の許可がなければ開けられない扉、開かずの戸だった。
その実力は折り紙つきの刀剣男士といえども、あの障子だけは彼女の許可なしでは開けられず、ましてや破壊することも叶わないのだが。
なぜか三日月ただ一人だけは、彼女の許可なしでその戸を開けることができてしまうのだった。
「……もう何度も言っているが、それは俺が知りたいのだよ。主よ」
いかんとも形容しがたい複雑な表情を浮かべる三日月を、審神者もまた物言いたげに見つめる。
「…………」
審神者と三日月の間に沈黙が落ちる。夜半の本丸は水を打ったように静まり返っていた。
月光をその背に受けながら、彼女の居室の障子を開け、板張りの廊下に両膝をついている三日月は、まるで作り物のような美しさだ。
その整いすぎた美貌に、改めて審神者は彼が人ならざるものだということを思い知る。
彼の向こうには本丸の日本庭園の景趣に、漆黒の夜空があった。美しい月に今にも流れ落ちそうなほどに美しく瞬く星々。
三日月はやはりその号にもある月夜がよく似合う。古の都の貴族のような瑠璃の狩衣も美しく、平安の昔の女性はこのような恋をしていたのかと、審神者は夢想する。
夜更けに男性が愛しい女性の部屋に忍んで行くという、かの時代の恋。
やがて彼女の居室の障子が音もなく閉められ、美しい庭園に月夜が隠された。
けれど夜空は見えずとも、美しい月ならば眼前にある。三日月宗近、天下五剣で最も美しいとされる、刀剣の付喪神だ。


***

濃厚な彼の香りの中で、翻弄されるのはもう何度目だろう。柔らかに甘く、どこか官能を感じさせる、彼らしい夜の似合う香り。
三日月の秀麗な美貌がひときわ際立つのは、やはり夜だ。群青の髪は闇に溶けて、瞳の中の打除けも暗がりの中でこそ、ひときわ美しく浮かび上がる。
今宵もまた。審神者は三日月の瑠璃色の狩衣の上で、彼の愛を受けていた。その真っ白な裸身を彼自身に、ただひたすらに愛される。
彼女の潤ったその場所は既に、そそり立つ三日月のもので穿たれており、審神者が身をよじるたびに、その背の豪奢な瑠璃は淡い光を受けて艶めいた。
美しい三日月がいつもその身に纏っている、紗綾形の織り模様の入った装束。脱ぎ捨てられたそれの上での行われる営みは、平安の昔も今も変わらない。
「……っ」
自分自身の最も柔らかな部分を貫かれる痛みに、審神者は息を詰め、眉を寄せる。
三日月によって無理に開かれた彼女の成熟しきらぬ身体には、彼の充血しきった熱情は楔を打ち込まれるような責め苦でしかない。
彼女のそこを埋める圧迫感はすさまじく、審神者は声を殺して痛みに喘いだ。
柔らかくしなやかな身体を固く強張らせながら、審神者は三日月の肩口をつかむ華奢な指先に力を込める。わずかに伸びた彼女の爪が三日月の滑らかな素肌に食い込む。
彼もまた、審神者と同じく一糸纏わぬ姿だった。まるで彫刻のような均整の取れた逞しい体つきは、日頃の鍛錬の賜物なのだろう。
どれほど雅な美しさをその面貌や振る舞いに宿していても、三日月はまぎれもなく男だった。主たる審神者によって励起された、人間の男の肉体を与えられた付喪神。
想い人と交わる今は、日頃の冴え冴えとした美貌は影を潜め、代わってそこにあるのは、淫らな欲望と熱に浮かされた一人の男の貌だった。
今の彼はまぎれもなく、神ではなく人だ。
「……力を抜け、余計に痛むぞ」
審神者の頬に手のひらを滑らせながら、三日月は彼女に囁きかける。
裸の身体で絡み合う審神者と三日月の近くには、二人の衣服や髪飾りが、まるで投げ捨てられたかのように散らばっていた。
瞳の奥に情欲の炎を燻らせながらも、しかし三日月は審神者にいたわるような言葉をかける。
「……主よ、呼吸を詰めるな」
「ッ……!」
「……楽にしろ。息を深く吸って吐くのだ」
痛みに息を詰めていた審神者は、三日月に言われるがまま、ゆっくりと深呼吸をした。彼女が息を吐くと同時に、彼女の身体からわずかだが余計な力みが抜ける。
すると。三日月を受け入れている審神者のその場所がわずかに緩み、挿入の痛みがほんの少し和らいだ。
審神者は安堵するが、間を置かず訪れた身体の奥を突くような圧迫感に、再び顔をしかめる。
「ッ……!」
わずかに緩んだ彼女のそこに、そそり立つ三日月のものが、さらに深くまで沈み込んだのだ。
彼女の瞳に生理的な涙が浮かぶと同時に。薄く開かれた審神者の唇から、甘くかすれた喘ぎがこぼれ落ちる。
「あ……ッ」
その喘ぎに興奮したのか、三日月は審神者を掻き抱く。
「っ、主よ……!」
そそり立つ彼のものに貫かれて、逞しい彼の腕に抱かれながら。審神者は一筋の涙をこぼす。
まだ痛むのか。幼い少女たる審神者を慈しむように、三日月は彼女に唇を寄せた。
まなじりに口づけて涙をぬぐい、なめらかな頬にも薄い唇を触れさせて、柔らかな身体を貫く痛みから彼女の気を散らしてゆく。
触れるだけの口づけを何度も繰り返し、けれどときおり、彼女の首筋や胸元をきつく吸い上げて痕を残して、三日月は審神者をいたわりながらも、その白い裸体を思うままに味わった。
そしていつしか。審神者の息遣いに確かな甘さが含まれだす。
三日月自身を受け入れているその場所も、ようやく柔らかさと潤いを増し、熱を持って、張り詰めた三日月の全てを優しく包み込む。
充血しきった彼のそれに吸い付いて、彼の形に合わせて自らの形を変えてゆく。


痛みが落ち着き、ようやく喋れるようになったのか。審神者はおもむろに口を開いた。
「……っ、三日月さんは」
体内の深い場所で繋がりあったまま、三日月は彼女の問いかけに応える。
「……どうした?」
「なんで…… こんなことするんですか……?」
審神者にそう尋ねられた三日月は、一瞬だけ目を瞠るが、しかし彼は落ち着いた様子で言った。
「……そなたを愛しているからだ」
打除けの三日月の浮かぶ瞳はわずかに潤んでいた。それは交わりの興奮のせいなのか、それとも他に理由があるのかは分からない。
彼のその姿に、審神者は息を呑む。
「ッ……」
もう何度目かの、彼からのその言葉。
三日月が自分のことを真剣に想ってくれているのは審神者も知っていた。真摯な気持ちは痛いほどに伝わってきていた。
最中の驚くほど優しい手つき、自分を見つめる熱い瞳。自分が他の刀剣たちといるときに向けてくる、射殺さんばかりの強い視線。普段の穏やかな印象とは全く違う、それこそまるで抜身の剣のような鋭い眼光。
そんな様々なことからも、いかに彼が自分のことを深く想ってくれているかが、伝わってきているのに……。
けれど、何度も尋ねてしまうのは、いまだ彼の言葉が信じられないからだ。審神者たる彼女のまなじりに、再び涙が伝う。
あんなにも真摯な想いを向けてくれて、はっきりと愛を伝えてくれる彼を、それでも信じられず、受け入れられないのは。他でもない、自分が審神者だからだ。
この本丸の全ての刀剣たちの主であり、だからこそ誰か一人を特別扱いすることなど、本来であればいけないはずで……。
最初の交合が無理やりじみていたことよりも、審神者にとってはそれが大切なことだった。
刀剣の誰か一人を特別扱いしてはいけない。審神者であり人である自分が、付喪神と恋に落ちてはいけない……。
(……三日月さん……)
ぽろぽろと涙をこぼしながら、審神者は心で彼の名を呼んだ。なぜこんなにも涙が溢れてしまうのか、自分でもわからない。
三日月と身体を重ねるとき、自分はいつも泣いている気がする。
けれど、そんな彼女を現実に引き戻すかのように、情欲にかすれた男の声が降り落ちてきた。
「……動くぞ」
同時に、審神者の膝裏に骨ばった手の平が入れられる。ぐっと力を込められて、元々広げられていた審神者の脚がさらに大きく開かれる。
やがて、ゆっくりと抜き差しが始まった。


もう何度も経験している、自分の身体の内側を張り詰めた彼に愛される行為。
「っ、あッ…… んッ……」
三日月が腰を引きそれを抜こうとするたびに、審神者の身体にぞくぞくとした震えが駆け抜け、薄く開かれた唇から切なげな喘ぎが漏れる。
そして、三日月が突き上げると。今度は独特の圧迫感と衝撃が審神者の身体を襲う。
内側からくる苦しみに呼吸を忘れそうになりながらも、三日月の手によって開かれて慣らされた審神者の身体は、あまりにも素直に欠落を埋められた喜びを表した。
三日月と繋がりあっているそこは水のような蜜を溢れさせ、胸の先端も下肢の突起も興奮にぷっくりと勃ちあがり、さらなる愛撫を求めていた。
身体を重ねて交わる肉体の悦びは、この上もないほどに感じているけれど。審神者の心にはどうしようもない寒々しい想いがあった。
一糸まとわぬ身体で絡み合って、こんなにも近い距離にいるのに、いまだに寂しさと苦しさとが消えないのだ。


***

『――肉体というのは不便なものだ。思ったことや感じたことを、実行に移せてしまう』
以前そう口にした仲間は一体誰だったろう。
審神者との営みを終えた三日月は改めて、寝衣も纏わず眠る彼女を見おろした。
滑らかな白い素肌には彼によってつけられた赤い痣が散り、その裸身は三日月に丁寧に愛された名残か、いまだ熱を持っていた。
つい先ほどまで彼と繋がっていた脚の間からは、三日月によって吐きだされた白濁が溢れて、その場所を淫らに濡らす。
けれど、彼女の目尻に涙の痕を見つけて三日月は切なげに眉を寄せた。今宵もまた、泣かせてしまった。
(……すまない、主よ)
彼女の涙を指先でぬぐってやりながら、三日月は心の内で懺悔する。
いけないことをしている自覚はあった。しかし、どうしてもこの想いを抑えることが出来なかったのだ。
審神者が好きだ。自分だけのものにしたい。身を焦がすような醜い嫉妬も、抑えることができない。だからこそ、このようならしくないことをしてしまう。
長い時を生きて老熟したと思っていたのに、こんなにも子供じみた浅ましい恋情に、身を持ち崩しかけるほどの独占欲に嫉妬心。
今の自分は、主に仇なす祟り神でしかない。しかし、だからこその興奮を味わっているのもまた、まぎれもない事実だった。
自らの主を犯すという背徳感。禁断の果実は、なぜかくも甘美なのか。
「……愛しているのだ、主よ……」
審神者の髪を撫でながら、三日月はもう何度目かの言葉を口にする。
彼女の心を手に入れるのが無理なら、せめて身体だけでも手にしたかった。永遠にともにあるのが無理ならば、せめて今だけでも許されると思いたかった。
それほどまでに、三日月は主である審神者を恋うていたのだ。そして、彼女の裸身を眺めているうちに。
「ッ……!」
再び催した三日月は、眠る彼女に覆いかぶさった。審神者の滑らかな素肌に、再び唇を這わせてゆく。
ときおりきつく吸い上げては痕を増やし、彼女の胸の先端に舌を伸ばす。色づいたその場所を丹念に舐めあげて、尖りを増したそこを唇に含んだ。
すると、そのとき。不意に審神者が、甘やかな喘ぎを漏らした。
「ん……っ」
情事の疲れで眠りに落ちている彼女は、意識のあるときよりも、ずっと素直な反応を見せてくれる。
審神者が目覚めているときは、彼女は決して三日月の愛撫に応えようとしない。たとえ身体を繋げていても、嫌がって声を殺して、頑なに彼を拒絶するのだ。
けれど、今だけは違う。それを三日月は嬉しく思った。たとえ眠っていて意識がなくとも、恋しい人が自分の愛撫に素直な反応を返してくれることが嬉しかった。
愛の営みと言うにはあまりにも寒々しい。けれど、三日月はそれでも構わなかった。長い刃生でこんな感情を抱くのは、後にも先にもきっと彼女に対してだけだ。
しばらくの間、審神者の身体を慈しみ。三日月もまた深い眠りに落ちてゆく。
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