◆薄〇鬼NL小説◆
□【SSL沖千】キャンディキスチャレンジ
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二人にとっては恒例の雪村家でのお部屋デート。部屋の真ん中のローテーブルの上には、ハチミツ漬けのレモンが添えられた紅茶の入ったカップが二つ置かれていた。
「お疲れさまでした、総司先輩。屋台のごはん美味しかったです。皆さんの仮装も格好よかったですよ」
ふわふわとした淡い色の部屋着のカーデを羽織った千鶴は、自分の隣に腰をおろしている沖田に柔らかな笑みを向ける。
当初は色々と心配された井吹主導の剣道部の屋台も、蓋を開ければ大好評で何の問題も起きずに無事に終了した。
ハロウィンモチーフのスイーツやノンアルコールのカクテルは、可愛くて美味しいと女子に評判で。しっかり食べたい人向けの粉物も、こちらは主に男性客に好評だった。
華やかな仮装のコスプレ店員に記念撮影を求める客が続出したけど、人当たりが良くて空気の読める藤堂や機転が利いて口の上手い沖田が、適切に対応して事なきを得た。
しかし、千鶴はおもむろに眉を下げると申し訳なさそうな顔をする。
「……私も、もっとお手伝いが出来ればよかったんですが、お客さんとして少し顔を出したくらいで、何もできなくてすみません」
「え? いや、千鶴ちゃんは手伝いとかそんなことしなくていいよ。元々は井吹君の個人的な事情に付き合わされただけの屋台だし……」
心優しい彼女に唐突に謝られて、沖田は面食らってしまう。
井吹主導の屋台は女子客狙いのホストクラブまがいのもので、客とはいえ他の女子に愛想よくしているところを千鶴に見られたくなかった沖田にしてみれば、少し顔を出したくらいでちょうど良かった。
けれど、そのあたりのことはあまり触れられたくなくて、沖田はさりげなく話題を変える。
「あ、そういえばさ。衣装合わせとか文化祭の最中に、写真を撮ったんだよ。見てみる? 井吹君からプリントしたやつもらったんだ」
「えっ、見たいです!」
「うん、いいお返事」
頬を紅潮させる千鶴に、沖田はカバンの中から封筒を取り出して差し出す。
千鶴はさっそく中身を取り出して眺めた。狼男の衣装を着た沖田に吸血鬼姿の斎藤。文化祭当日にお店に来てくれた近藤や土方、永倉に原田、そして島田の写真まであった。そして、応援団の仮装で真剣にたこやきを作る藤堂の写真も。
「……懐かしいですね。薄桜祭を思い出します」
藤堂の写真に見つめて懐かしげにつぶやく千鶴に、沖田も小さな頷きを返す。
「そうだね。平助の粉物も人気だったよ。僕は適当にお客さんの相手してるだけだったけど、平助は調理も接客も真面目にしてたし」
「平助君…… さすがですね」
いつかの薄桜祭のときの藤堂を思い出してか、千鶴は感動している様子だ。そんな彼女に、沖田はちょっとヤキモチをやいてしまう。
「そんなことよりさ、見てよ。僕バンパイアの仮装もしてみたんだ、ほら」
千鶴から写真の束を取り上げて中の一枚を選ぶと、沖田は改めて千鶴に差し出す。吸血鬼姿の沖田の写真だ。隣の斎藤は有名な魔法学校のローブを着て、珍しく微笑んでいた。
「わ、吸血鬼も格好いいですね」
「でしょ〜 それでね……」
「隣の斎藤先輩も、魔法学校のローブ可愛いです」
吸血鬼の沖田も素敵だけど、その隣で柔らかく微笑む斎藤に千鶴の関心が移ってしまう。
「赤い寮の紋章、よくできてますね。プリントじゃなくて、ちゃんと刺繍してあります」
「…………」
二度も自分をないがしろにされて、とうとう沖田は拗ねてしまう。片頬を小さく膨らませてむくれる沖田にようやく気がついて、千鶴は慌てて彼をフォローする。
「わ、すみませんっ! 総司先輩のバンパイアも格好いいですよっ!」
しかし、とってつけた感が否めないコメントに、沖田はついに本格的にへそを曲げてしまった。
「……千鶴ちゃんのバカ」
「ごっ、ごめんなさい総司先輩っ……!」
「許さないから。何で僕より他の奴を優先するのさ」
「そ、そんなつもりじゃ……。ご機嫌直してください〜〜」
可哀想なほどに焦って、沖田の部屋着のふわふわのカーデの裾を引っ張ってくる千鶴に、沖田の機嫌が少しだけ直る。
いかにも聞き分けのない子供を諭すように、沖田は千鶴を注意した。
「こら、千鶴ちゃん。このカーデの裾はひっぱっちゃダメでしょ。せっかくのお揃いなんだから、大事に着ないと」
「あっ、すみません…… 総司先輩……」
千鶴と沖田が着ているふわふわのこのカーディガンは、有名な部屋着ブランドのお揃いのものだった。千鶴はピンクのボーダーで、沖田はネイビーのボーダー。
二人のお揃いを欲しがった沖田が、いつかのクリスマスに千鶴と自分に贈ったものだ。せっかくメンズとレディスあるんだし、一緒の着ようよ。意外と古風でベタなのが好きな彼らしい贈り物だった。
それはさておき。沖田はしょんぼりとする千鶴を見おろすと、改めて悪戯っぽい、何かを企んでいるかのような笑みを浮かべる。
「機嫌、直してもいいけどそのかわり……。キャンディキスチャレンジに付き合ってよ千鶴ちゃん」
「え、何ですか? それ」
「えっとね、カップルの一人が目隠しして、もう一人がキャンディ舐めて、そのあと舌入れるキスしてして何味食べたか当てるっていうゲームだよ。ハロウィンシーズンにおすすめのパーティーゲームってSNSで見かけたんだ」
爽やかな笑顔で沖田は解説するが、表情と発言の内容は全くかみ合っていない。卑猥なゲームの提案に、千鶴は見る間に顔をゆでダコのようにする。
「そっ、そんな……! 恥ずかしいです……!」
「それがいいんじゃない。ちょうど僕、飴じゃないけどアソートチョコ持ってるし」
脇に置いたカバンから、沖田はスマホと同じくらいのサイズの箱を取り出した。
箱入りの粒チョコだ。バナナにアーモンド、いちごにパイナップルのいずれかの味のクリームが、ミルクチョコの中に入っている、あの有名な。
「僕がお菓子食べる役やるから、千鶴ちゃん味を当ててよ」
「でも、そんなの、恥ずかしいです……! 無理ですよ……!」
笑顔で千鶴に迫る沖田だが、千鶴はやはり全面拒否の構えだ。しかし、ここで素直に引く沖田ではない。
「いつもはベッドでもっと凄いことしてるくせに、舌入れるキスくらいで今更慌てないで。はい、向こう向いて目を閉じて。僕がいいよって言ったらこっち向いてね」
強引にそう押し切ると、沖田は千鶴にそっぽを向かせた。
「……はい」
ついに観念したのか、千鶴はそうとだけ口にすると沖田に背を向けて目を閉じる。彼女がこちらを見ていないのを確かめて、沖田はチョコを一粒だけ口に放り込んだ。選んだのはパイナップル味。
もぐもぐとよく噛んでチョコを食べ終えた沖田は、千鶴に声をかける。
「いいよ。それじゃあキスしてくれる? 僕の可愛いお姫様?」
柔らかく艶やかな笑みは、千鶴にしか見せない笑顔だ。文化祭の屋台でコスプレ店員をしていた彼に群がる女子たちには、色気はあれどもどこか冷たい微笑みを向けていたのに。千鶴に対してだけは、たっぷりの愛情を込めた優しい笑みを向ける。
「……っ!」
沖田のそんな表情に、千鶴は改めて頬を赤く染めてしまう。お付き合いの長い恋人とはいえ、こんなに格好いい彼に今から大人のキスをしなきゃいけないなんて。
千鶴は固まってしまうが、沖田は待ちきれないらしく遠慮のない催促をしてきた。
「ほら、恥ずかしがってないで早くしてよ。君がしてくれないなら僕からしちゃうよ? すっごいヤラシイやつを」
「なっ、何言ってるんですか総司先輩……!」
「あははっ。されたくないなら早くしてよ。ほら」
「……はい」
快活に笑う沖田にもう何を言っても無駄だと観念した千鶴は、改めて彼と向かい合う。
「じゃあ、失礼します……」
「うん、失礼して?」
冗談めかした軽口を叩いて、沖田は瞳を閉じて軽く顎を上げた。いわゆるキス待ち顔だ。そういえば、彼のこんな顔を見たのは初めてかもしれない。口づけはいつもされるばかりだったから。
こうして改めて沖田を見ているとそのあまりの格好よさに、なんだか羞恥がこみあげてしまう。
若手の俳優さんのようにすっきりと整った容貌。まつ毛も長くて鼻筋も通っていて、薄い唇も男らしくて色っぽい。
この唇に今からあんなキスをするんだ。改めてそう思ったら逃げだしたくなるけど、そんなことをしたら拗ねて怒った彼に後で何をされるかわからないから。千鶴は顔を赤くしながらも彼の両肩に両手を置いて、ゆっくりと身体を近づけて、そっと唇を重ねた。
控え目に触れるだけのキスは、とても千鶴らしい。けれど、今日はそれだけじゃ終われない。例の味当てゲームをしなければならないからだ。
薄く開けられた沖田の唇に、千鶴は遠慮がちに舌を差し入れる。けれど、千鶴の舌はすぐに絡めとられて沖田の口内に引き込まれてしまった。急にそんなことをされて、驚いた千鶴は大きく体を震わせて、反射的に沖田の肩を強く掴んでしまうが。
沖田はそのまま千鶴の背中と腰に腕を回して、彼女の身体を引き寄せると、舌を絡めた口づけを続けた。
「……っ、ん……」
息継ぎの合間に甘い喘ぎを漏らしながら、千鶴は懸命に沖田のキスについていこうとする。
しかし、控え目な彼女はこんなときでも遠慮がちで。ついに痺れを切らしたのか、沖田は唇を離すと千鶴を煽ってきた。
「……ほら千鶴ちゃん、もっと僕の口の中探さないと。味わかんないよ?」
「……っ、先輩」
淫らな挑発をしかし叱責と受け取ったのか、千鶴は申し訳なさそうに眉を下げる。
元々、生真面目で素直な千鶴は、彼をないがしろにしてしまった負い目もあるのか、まさに沖田の言いなりだった。促されるまま再び口づけると、千鶴は沖田の口内に舌を差し入れて丹念に探る。
味当てゲームのためにそうしているだけ。けれど、あの内気な千鶴が自分からキスしてくれて、あまつさえ舌を入れてきて、口内を丁寧に愛撫してくれるから。
無自覚のうちに大胆に振る舞う千鶴に気をよくした沖田は、彼女の口づけに優しく応えた。自分の口内を舌で探る千鶴の様子を薄目を開けて眺めながら、沖田もまた甘いお菓子の味のする淫らな口づけを楽しむ。
「……っ、ん……」
羞恥に耐えながらも、千鶴は沖田の口内に残るチョコレートの味を懸命に探した。甘くて少し酸っぱいこの味は何だろう。
やがて、味の見当をつけた千鶴は沖田から唇を離し、そのまま生理的な涙で潤んだ瞳で、彼を見上げた。
「総司、先輩……」
「良かったよ。千鶴ちゃん。やらしいキスも上手になったね」
「……っ!」
不意にそんなことを褒められて、千鶴は息をのむ。彼に叱られながらの味当てゲームで今まで気づかなかったけど、つい先ほどまでの自分のあまりにも大胆で積極的な振る舞いに今更気がついて、千鶴は顔を真っ赤にして潤んだ瞳を揺らした。
そんな彼女に嗜虐心と男の欲望を大いに刺激されながらも、沖田は平静を装い余裕の笑みを向ける。
「……僕が食べたチョコ、何味かわかった?」
「いちご、ですか?」
「残念、ハズレ」
「えっ……!?」
「ほら、もう一回してごらん?」
可哀想なほどに愕然とする千鶴を薄い笑みを浮かべながら引き寄せて、今度は沖田の方から深いキスをお見舞いした。それはさながら残酷な捕食者の楽しげな狩りだ。
「っ、ん……」
眉を寄せて甘い呻きを漏らしながらも、千鶴は沖田からの口づけを受け止めて。しばらく経ってから、ようやく自分を離してくれた沖田を見上げて、千鶴は解答を口にする。
「……パイナップルですか?」
「うん、正解」
口元をおさえながらもゲームの答えを口にする律儀な千鶴に、沖田は満足げな笑みを浮かべた。甘酸っぱい味ということで最初は間違えたけど、イチゴじゃないならパイナップルで当たりだった。千鶴はようやく安堵する。
「……総司先輩、わざとわかりにくいやつ選びました?」
「うん、そりゃあね。一度で当てられたらつまらないもの」
ニヤニヤと笑う彼はやっぱり筋金入りのいじめっこだ。千鶴は頬を染めたままため息をつく。もうこの人に何を言っても無駄な気がしてきた。疲れた表情の千鶴に、しかし沖田はさらなる要求をしてくる。
「それじゃあ、今度は千鶴ちゃんに食べる役してもらおうかな」
「えっ、まだやるんですか!?」
「当たり前でしょ。はいこれ、後ろ向いて食べて、食べ終わったら教えて? 僕は目でもつぶってるから」
疲労をにじませた千鶴に、沖田はチョコを強引に押しつける。
「も、総司先輩…… わかりました。じゃあチョコ一粒頂きますね」
有無を言わさない沖田に、千鶴は渋々従った。彼に背を向けてチョコを一粒口に入れる。千鶴が選んだのはアーモンド味だった。わざとわかりやすいものを選んだのは彼女らしさ。よく噛んで食べ終えた千鶴は振り返ると沖田を呼んだ。