◆薄〇鬼NL小説◆
□【SSL沖千】僕の可愛い子猫ちゃん
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街路樹の葉が色づき始め、本格的に秋本番となったある日のデートの帰り道。千鶴と沖田は駅ビルに入っている生活雑貨店の前を通りかかった。
この時期らしく店頭にはカボチャのランタンやコウモリのオーナメント、吸血鬼や黒猫といった仮装の衣装がディスプレイされていて、それらに目を奪われた千鶴が不意に足を止める。
「……そういえば、もうすぐハロウィンなんですね」
女の子らしく季節のイベントが好きな千鶴は、楽しげなディスプレイに笑みをこぼす。
ハロウィンといえばなんといっても仮装だろう。かっこいい吸血鬼にワイルドな狼男、セクシーな小悪魔にユーモラスなミイラなど。雑貨屋の店頭にも様々なコスプレ衣装が飾ってあった。
「……どれも素敵ですね。楽しそうです」
「ほんとだ、楽しそう」
上機嫌な千鶴に、彼女の隣の沖田もまた微笑む。しかし、出し抜けに沖田は何かを思い出したように声を上げた。
「――あ、そういえば。僕、大学の学祭でコスプレすることになってたんだよね」
「えっ、総司先輩がコスプレですか?」
「うん。……剣道部有志っていうか、井吹くん発案でみんなで屋台やることになってさ。昼間に飲み物とか軽食を売るんだけど、それだけじゃつまんないからって、売り子は全員仮装することになったんだよね。ほら、ハロウィンも近いし」
不思議がる千鶴に、沖田は丁寧に事情を説明してくれる。沖田と千鶴の通う大学の文化祭は例年はもっと別の時期に行われるのだが、今年は変則スケジュールで十月下旬に実施されることになっていた。
「す、すごいですね。楽しそうです……」
「楽しそうっていうか、僕は井吹君の小遣い稼ぎに使われるだけなんだけどね」
「そうなんですか……?」
「うん。っていうか芹沢さんが『もう大学生なら自分で使う金くらいは自分で稼げ』って、井吹君を詰めててね。屋台で儲かっても、利益は井吹君の部費と剣道部の活動予算にあてられるんだけど」
「すごいですね…… さすが芹沢さんです……」
芹沢のスパルタは相変わらずだ。やりすぎのような気もするけど、経済観念や自立心を養うにはいいのかもしれない……? 千鶴はかつての級友でもある井吹の苦労に思いを馳せて、心配そうに眉を寄せる。
しかし、沖田はどうでもよさそうに投げやりな言葉を口にした。
「ほーんと、まさか大学生になってまで、あの人に迷惑かけられるなんて思わなかったよ」
そしてひと呼吸置くと、沖田は改めて話を続ける。
「……そう、それでさ。そのコスプレ屋台で着る衣装を、各自で用意しなきゃいけなくてね」
「えっ、自分で用意するんですか?」
大学の文化祭の出し物だから、てっきり支給されるのかと思っていた。千鶴は驚いてしまう。
「そうだよ。でも既製品でいいって言われてて、あとで衣装代ももらえるから、僕は適当にどこかで買えばいいと思ってたんだけど……。ちょうどいいからここで買っとこうかな」
「えっ、今ここでですか?」
沖田の藪から棒な発言に、千鶴は目を丸くする。しかし、沖田はいつも通りに飄々としている。肩をすくめて苦笑すると。
「せっかく君と一緒にいるんだからね。……ねえ千鶴ちゃん。仮装の衣装、君が選んでよ」
「ええっ!?」
沖田が学祭でコスプレ屋台の売り子をするという話だけでも驚きだったのに。さらに着る衣装を選んで欲しいと言われて、千鶴は戸惑ってしまう。
「そんな、私が選ぶなんて…… 私より総司先輩がご自分で選んだ方が……」
高校時代、文化祭でメイドの格好をしたことはあるけど、とりたてて仮装やコスプレに詳しいわけでもない、千鶴は固辞しようとするが。沖田はどうしても千鶴に選ばせたいらしい。ぐいぐいと押してくる。
「僕こういうのあんまり興味ないから、決められないんだよね。別にどれでもいいし」
「どれでもって……」
沖田の場合どれでもいいじゃなくて、どうでもいいだよね。気のない様子の彼に千鶴はそんなことを思ってしまうが、もちろん口に出したりしない。
「だからさ。千鶴ちゃんが選んでよ。どうせなら君が選んでくれたやつを着たいんだよね。コスプレなんて興味ないけど、君が選んでくれたやつなら、少しは真面目に着る気になれるだろうし」
甘いのか、甘くないのか。ただ単に口の上手い彼に面倒ごとを押しつけられただけの気もするけど。大好きな沖田に『君が選んでくれた衣装を着たい』と言われてしまえば、千鶴はやはり断れない。
「は、はい…… わかりました」
「ありがと、じゃあ行こっか」
戸惑いながらも衣装選びを了承した千鶴は、妙に上機嫌な沖田に連れられて雑貨店の衣装コーナーに向かったのだった。
女性用と比べて男性用の仮装の衣装は少ないのかと思いきや、そうでもなかった。沖田と千鶴がいる雑貨店が駅ビル内の大型店舗だからか、男性用の衣装も意外なほどに品揃えが豊富で、千鶴は目移りしてしまう。
お決まりの吸血鬼にフランケンシュタイン、狼男に軍服に、警官や海賊に医師風の白衣、他には今流行りのアニメや漫画の男性キャラの衣装など、様々な種類があった。
先ほどは戸惑っていた千鶴だったが、華やかな衣装を目にして今やすっかり浮かれてしまっていた。
「どれも、格好いいですね!」
そう言って千鶴は屈託のない笑みを浮かべる。沖田は相変わらず興味なさそうだけど、彼女につられてかそれなりに楽しそうにしていた。
「すごいね、結構いっぱいあるんだ。こういうコスプレって、男がしてもつまんないでしょって思ってたけど、意外と楽しいのかもね」
そこまで口にして、沖田は改めて千鶴に問いかけた。
「千鶴ちゃんはどれがいい?」
「えっ……!? えっと……」
選ぶ時間も与えらないうちに沖田に尋ねられて、千鶴は困ってしまう。まだ売り場についたばかり。もう少し品物を眺めて考える時間が欲しい。
沖田は本当に興味がないようで、すごくせっかちだ。『どれでもいいから早く選んでよ』と言わんばかりのペースで尋ねてくる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね……」
さすがに大事な衣装を即決できない。千鶴は陳列棚とにらめっこして彼に似合いそうなものを探す。
「う〜〜ん……」
「……あははっ! 千鶴ちゃん真面目に探しすぎ。こんなの適当でいいのに」
眉間に皺を寄せて真面目に探す千鶴に、沖田は吹き出すようにして笑う。
「でもせっかく着るんですし、ちゃんと選んだ方がいいかなって……」
マイペースな沖田に千鶴は困惑してしまう。沖田に言われて彼のために一生懸命に選んでいたのに、なぜ笑われてしまうのか。理不尽な思いを抱えつつも、千鶴は沖田に言い返す。
「……それに、井吹君にも悪いですよ」
いつも金欠を公言して高校時代は学内で副業までしていた井吹のためにも、コスプレ屋台の目玉の売り子の衣装は真面目に選ばないと。そんな思いを抱えていた千鶴だったが、沖田の方はそうでもないようだ。
「井吹君のことなんて心配しなくてもいいのに……。でも、千鶴ちゃんらしいね。……いいよ。わかった。気が済むまでゆっくり選んでよ。君のために着る衣装なんだし」
「わ、私のためではないような気がするんですが……」
なぜか妙に爽やかに笑う沖田に、千鶴は一抹の不安を覚える。本来は井吹のためというか、学祭の屋台の客引きのために着るんだけど。沖田の中ではなぜか、千鶴のために着る衣装になっていた。
そして、数分後。
「……こ、これがいいです」
「へぇ、ちょっと意外だね。狼男かぁ」
「吸血鬼とかだと、かぶりそうな気がしたので……」
「あ、それは確かにありそう」
結局、悩んだ末に狼男になった。千鶴が沖田のために選んだ衣装。他の人とかぶらないように、王道をあえて避けて変わり種でも格好いいものにした。
ワイルドというよりは綺麗目の狼男。大きな獣耳のカチューシャに存在感のある首輪、黒の合皮の指なし手袋に同じく黒のベスト。ベストはスリーピースのスーツのようなデザインだ。
よくある赤いチェックシャツのカジュアル系じゃなくて、あくまでも綺麗目のフォーマルだから沖田に似合いそう。
見ようによっては狼というより黒猫みたいだけど、それなりに気に入ったのか、沖田は柔らかな笑みをこぼした。
「……そういえばこういう猫耳みたいなやつ、高校の文化祭でもつけてた気がするよ。近藤さんと二人で写真撮った気がする」
「そ、そうですよね……! 私もそのときのことを思い出して……」
懐かしい思い出話に千鶴も相槌を打つ。彼の言う通り。敬愛する近藤と二人で猫耳をつけて、写真に収まっていた沖田の笑顔がとても輝いていたから。
それを思い出して千鶴はこの衣装を選んだのだ。気まぐれでクールな彼には猫が似合いそうというのもあるけど。
沖田は千鶴が選んだ衣装のパッケージを改めて見つめると、穏やかな表情で小さく頷いた。
「……うん、値段もこれくらいなら予算内かな。サイズも大丈夫そうだし」
沖田の満足げな様子に千鶴は安堵する。最初はコスプレなんて興味ないって言ってたから心配してたけど、気に入ってもらえてよかった。
「ありがと千鶴ちゃん。じゃあお会計してくるから、ちょっと待ってて」
沖田は千鶴に笑顔で礼を言うと、そのままレジに向かった。そして、数分後。
「……お待たせ、じゃあ行こっか」
「はいっ!」
レジが混んでいたらしく少し時間がかかったものの、沖田は無事にお会計を終えて戻ってきた。千鶴は彼を笑顔で迎えて、そのまま二人で千鶴の家に向かったのだった。
沖田の家には両親や姉がいるが、千鶴の家は一人暮らしのため彼女以外は誰もいない。なので、デートのときはいつも沖田が千鶴の家にお邪魔していた。
さっそく、沖田は千鶴の部屋で買ったばかりの衣装を試着していた。
「わぁ、すごい! かっこいいです総司先輩。お似合いです」
狼男の衣装を見事に着こなす沖田に、千鶴は惜しみない賛辞を贈る。
「……ははっ、ありがと。千鶴ちゃん」
恋人に手放しで褒められて悪い気がしないのか、沖田も機嫌がよさそうだ。得意げな笑みを浮かべている。
頭には黒い三角の獣耳、首には犬の首輪を模したチョーカー、手には黒の合皮の指なし手袋。腰につけられたベルトの背中からはふわふわのシッポが垂れ下がっていて、さらりと羽織られたフォーマルな黒のベストもクールで格好いい。
今は私服の上からこれらの衣装をつけているだけの手抜きの仮装だけど、モデルがいいのかとても華やかに見える。狼よりは黒猫に見えるけど、やっぱり沖田は何を着ても様になるし、三角の獣耳は妙に彼に似合っていて。千鶴は浮かれた様子で彼にお願いをする。
「狼の耳よくできてますね、触っていいですか?」
「え? 別にいいけど……」
彼女にそうねだられて、沖田は頭の獣耳に千鶴の手が届くように、少しかがんでやった。
千鶴は嬉しそうに沖田の獣耳に触れる。
「わあ、ふわふわです……!」
「君、本当にこういうの好きだよね……」
感激した様子でフェイクファーの手触りに夢中になっている千鶴に沖田は苦笑する。もう大学生なのに、こんなことではしゃぐなんて。沖田の心中はつゆ知らず、千鶴は無邪気にはしゃぎながら。
「なんだか、狼っていうより猫の耳みたいですね」
「ははっ、そうだね」
沖田は一応相槌を打つが、完全に舞い上がっている様子の千鶴は、彼の話をほとんど聞いてないようだ。さきほどからずっと彼の獣耳をモフモフとしている。
沖田はなんとなくムッとしてしまう。自分のことよりモフモフに夢中な彼女が気に入らない。
(……僕の本体は耳じゃないんだけど。獣耳なんかより、僕のことを気にしてよ千鶴ちゃん)
千鶴の関心を全て獣耳に持っていかれた沖田は、つい彼女の気を引きたくなってしまって。
「……隙あり」
「きゃっ!」
獣耳に夢中になっていた千鶴を、沖田はひょいっと抱え上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。そのまま沖田は彼女を部屋の隅のベッドに連行する。
「そ、総司先輩ダメですっ! やめてください、降ろしてくださいっ……!」
千鶴はなんとか沖田の腕から逃れようとするが、それを許す彼ではない。
「うん、わかった。降ろしてあげる」
そう言って沖田はベッドの上に千鶴を下ろすと、流れで彼女を組み敷いた。
「ここじゃなくて別の場所にしてください……! あと離れてくださいっ……!」
千鶴の狼狽ぶりは、まるで狼に食べられる寸前の子羊のようだ。沖田はそんな千鶴を見おろしながら楽しげに目を細めると。
「えーいいじゃない別に。せっかくコスプレしたんだしイチャイチャしようよ。元々コスプレってこういうときにするものなんでしょ?」
「それは違うと思います……! せめて何かするなら衣装を脱いでください! 汚してしまったら……」
「いいよ、少しくらい」
「でも……」
「いいじゃない。もともとは君のために買った衣装なんだから、これくらいしたってバチは当たらないでしょ」