◆薄〇鬼NL小説◆

□【SSL沖千】ロングアイランドアイスティー
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 酷暑もいくぶんか和らいだ、夏の夜の繁華街の路上で。

「ねえ、ちょっと大丈夫? 千鶴ちゃん」

「も、もうダメです…… 総司先輩……」

「ちょっと、ねぇ、もう信じられないんだけど。これじゃあ僕が目当ての子を酔わせて持ち帰ろうとしてる悪い奴みたいじゃない」

 沖田は酔いつぶれる寸前の年下の恋人を抱えながら途方に暮れていた。

 幸いなことに夏休みシーズンで周囲はそれなりに人が多く、沖田たち二人はそこまで悪目立ちせずにいたが、他人に見られて気まずい状況であることには変わりない。

 したたかに酔った千鶴は自分の足で立つこともできず、沖田に支えられてなんとか倒れこまずにいるという状況だった。

「ねぇ千鶴ちゃん、しっかりしてよ。せめて自分の足で立って」

 沖田はいくぶんか焦った様子で千鶴を励ますが、千鶴の返答はつれない。

「無理です…… すみません」

「ちょっと諦めるの早すぎない? 僕の切なる願い放り出さないで?」

 半ば呆れながらも、沖田はせめて自分だけでもと今にも倒れそうな千鶴を支えて歩き出そうとするが。彼女を引きずりながらでは亀の歩みで進むことしかできず、沖田は小さく息を吐きスマホを取り出した。

「も、こんなんじゃどうしようもないし……。ねえ千鶴ちゃん、タクシー呼ぶからね。それで家に帰るよ」

「はい……」

 千鶴の了承を受けて、沖田はすぐにタクシー会社に電話をした。

「――あっ、すみません。今すぐ来てもらいたいんですけどいいですか? はい、場所は駅前の……」



 運よく客待ちタクシーが近くにいたらしく、車は数分でやってきた。あらぬ疑いをかけられてもたまらないと沖田は運転手に言い訳をして、千鶴を後部座席に押し込んで自分も乗り込んだ。沖田が運転手に行き先を告げてすぐ、車は走り出す。

 幸い渋滞に巻き込まれることもなく、タクシーは夏の夜の繁華街の国道を滑るように進んでゆく。沖田は自分の肩口に千鶴をもたせかけながら、窓の外の風景を眺める。点在する街明かりに行き交うヘッドライトはまるで光の洪水のようで、これはこれで綺麗な夜景だなと沖田は思う。

 タクシーの車内特有のほんのりとしたタバコの香りが呼吸器が弱かった自分には少し辛いけど、我慢できないほどではなかった。しかし、泥酔した彼女と夜の繁華街からタクシーでご帰宅なんて、まるで絵にかいたようなダメ大学生の夏季休暇だ。

 そして、数分が経過して。千鶴がようやく瞬きをした。

「――千鶴ちゃん、目が覚めた?」

 口の端だけで笑って、沖田は千鶴をからかうように声をかける。千鶴はまだ眠そうな様子だったが、窓の外の景色を見て不思議そうに眉根を寄せた。

「……あの、どこに向かってるんですか? 私の家こっちじゃないような」

 彼女の問いかけに、沖田の瞳にいたずらっぽい光が点る。

「どこだと思う?」

「え?」

「僕の家だよ」

「えっ?」

「今夜は姉さんも母さんたちも、お盆休みの旅行でいないから」

「そう…… ですか……」

 沖田に水を向けられて、千鶴は沖田の家族構成を思い出す。お姉さんもご両親も不在ということは、つまり沖田家には誰もいないということで。

 彼の言わんとしていることを察した千鶴は、沖田に身体をもたせかけたまま、軽く俯いて黙り込む。なんだか恥ずかしい。お付き合い自体は長いはずなのに、沖田の持って回った言い方のせいか妙にドキドキしてしまう。

 そんな千鶴を尻目に、沖田は彼女を追い詰めるかのように言葉を続ける。

「……ゆっくり休めるでしょ。飲ませちゃったお詫びに、今夜は僕が君をしっかり介抱してあげる」

 余裕の笑みを浮かべる沖田に外堀を埋められて、千鶴はますます戸惑ってしまう。けれど、深酒で自力で立つことすらままならず、沖田にもたれかかるしかできない今の自分が、彼の申し出を断れるはずもない。

「は、はい……。すみません、先輩」

「気にしないで。たまには僕にも何かさせてよ。――大好きな君のために、ね」

 最後だけ声を落として、沖田は千鶴の耳元で囁いた。彼女にしか聞こえない密やかな甘い声で揺さぶりをかける。

 耳殻に沖田の吐息がかかり、千鶴は頬を淡く染めびくりと震えてしまう。

 まるでいたずら好きの子猫に捕まえられたハツカネズミのよう。いたぶられてオモチャにされたそのあとは、おいしく頂かれてしまいそうな。

 その数分後、タクシーは沖田家の前に辿り着いた。



 支払いをすませて、二人分の荷物を先に家の中に運んでから。家の前で止まっているのタクシーに戻った沖田は後部座席から千鶴を下ろすと、そのままいわゆるお姫様抱っこで彼女を抱え上げた。

「すみません。こんなことまで……」

「謝らないで。別に平気だから。むしろ、役得だと思ってるんだよね」

「え?」

「僕の部屋に行くよ」

 穏やかながらも有無を言わさない様子の沖田に、千鶴は観念した様子で彼の腕の中で身を縮める。もとより自力歩行もできないほど酔った今は、彼を拒むことなどできなくて。

 このままお持ち帰りされてしまうのは複雑なんだけど、逞しい腕から落ちてしまうのも嫌だった千鶴は沖田の胸元に顔をすりよせた。まるで彼に甘えるように。……ふと、緑の瞳が優しく笑ったような気がした。



 自室のベッドに千鶴を寝かせて、エアコンを点けてから。

「ちょっと待っててね、飲み物とってくるから」

 沖田はそう言ってキッチンに向かい、麦茶を注いだコップと五百ミリのスポーツドリンクのペットボトルを数本持ってきて、ベッドサイドのローテーブルに置いた。

「起き上がれるようになったら、飲んでおいて」

 そう言い残して、沖田は千鶴を置いてどこかに行ってしまった。

 飲酒経験はなくとも、深酒をしたときは水分をたくさん取るといいという知識くらいは千鶴にもあった。医者の娘だからというよりは、単なる二十歳を過ぎた大学生としての豆知識。

 けれど、身体を起こすのもつらかった千鶴は、沖田が持ってきた水も飲まずにそのまま眠り込んでしまった。



 それから、どれくらい経っただろう。ふと千鶴は人の気配を感じて目を開けた。

「……あ、やっと起きてくれた。千鶴ちゃん、もう大丈夫?」

「総司先輩……?」

 そこにいたのは、やはり沖田だった。ベッド近くの床に腰を下ろしていた彼は、シャワーでも浴びてきたのか、湿った髪を首にかけたタオルで拭いていた。下はハーフパンツを履いているものの沖田の上半身は裸で、千鶴は目のやり場に困ってしまう。

 そのリラックスした姿はまさに就寝直前といった雰囲気で。

「あの、えっと、私……」

 状況がのみこめず、千鶴は戸惑う。まだ酔いが抜けていないのか頭痛と眩暈がして、千鶴は眉間を片手で抑えて俯いた。

「……ほら、まずはお茶。ちゃんと飲みなよ」

 そんな彼女に苦笑して、沖田は改めて飲み物を勧めてくる。千鶴がお茶もスポーツドリンクも飲まずに寝てしまったことに気づいたのだろう。

「はい…… ありがとうございます」

 千鶴は小さな声を礼を言い、ベッドサイドのローテーブルに置かれた麦茶のコップを手に取った。乾いた喉をぬるくなった麦茶が優しく潤す。

「……千鶴ちゃん、覚えてる? 君、カフェバーで僕のお酒に口つけて、そのまま飲みすぎてフラフラになっちゃったんだよ」

「……はい、覚えてます」

 苦笑しながら状況を説明する沖田に、千鶴はうなだれた。久しぶりの沖田とのデートの帰り。遅くなってしまったから、日中はカフェとして夜はバーとして営業しているお店で、二人で晩ごはんを食べた。

 そのとき沖田は「せっかくの夏休みだしたまにはいいでしょ」と珍しくアルコールを頼んで、千鶴にも勧めてきたのだ。少し前にめでたく二十歳の誕生日を迎えたばかりの年下の恋人に、沖田は夏休みの開放感からかお酒を勧めて、千鶴もまた少しくらいならと口をつけてしまって。

 そのお酒がたまたま甘くて飲みやすくアルコール度数の高いものだったため、こんなことになってしまった。

「すみません、総司先輩……。タクシーまで呼んでもらって、ご家族の方が留守だからって先輩のお家に……」

 ひたすら申し訳なさそうに謝る千鶴に、しかし沖田は快活に笑った。

「あはは! あんなに酔っぱらってたのに、そこまでちゃんと覚えてるんだ。君って本当に面白い子だよね」

「え?」

 沖田の意外な反応に、千鶴は戸惑う。首にかけていたタオルを床に置き、沖田はベッドにいる千鶴と距離を詰めてきた。

「……ねぇ、千鶴ちゃん。そこまでちゃんと覚えてるなら、僕がさっき『役得』って言ったのも覚えてる?」

 容赦のない沖田は千鶴にぐいぐい近づいてきて。もう吐息のかかる距離まで二人は接近していた。

 シャワーを浴びたばかりの沖田から漂うシャンプーの香りを間近で感じて、千鶴は恥ずかしさのあまり目を伏せる。沖田の髪は洗いたてのせいかまだ湿ってへたっており、いつもの彼とは違ってどこか幼い雰囲気で、かもしだされる無防備であどけない色気が千鶴の胸を高鳴らせてしまう。

 しかし、それはそれとして。彼からの質問にはきちんと答えないといけない。千鶴はあやふやな記憶を辿った。そういえば確かにお姫様抱っこで運ばれているとき、沖田はそんなことを口にしていた気がするけど、なにぶんしたたかに酔っていたから自信はない。

「わかり…… ません……」

 千鶴は保険をかけてそう答える。まだアルコールは抜けていなくて、今だって体に力が入らずフワフワとした状態で、自信を持って答えることはできなかった。

 しかし沖田は千鶴の返答にはさして興味がないようで、淡々と自分の話を続ける。

「うん、役得っていうか、棚ぼたっていうか……。ねぇ千鶴ちゃん、僕が何を言いたいかわかる?」

「総司先輩……?」

 沖田の言葉にどことない不穏さを感じ取り、千鶴は反射的に顔を上げる。すると、至近距離で沖田と目が合った。

 今の沖田が言いたいこと。彼に促されて改めて千鶴は考える。ここは沖田の部屋のベッドで、沖田の家には今夜誰もいなくて、千鶴も沖田もお酒を飲んで酔ってて、沖田はいつの間にかシャワーを浴びていて、ベッドの千鶴に迫ってきていて……。

 ここまで状況が揃ってしまえば、恋愛に奥手な千鶴といえども沖田の意図は察せられた。

 お付き合い自体は長いから、沖田と肌を重ねたことくらいもう何度もあった。求められれば素直に応じられる。けれど今夜はダメだ。お酒のせいで身体に力がほとんど入らず、きっと行為どころではない。

「あ、あの、総司先輩……。私、今夜はちょっと」

「『今夜はちょっと?』」

 沖田は先を促すようにオウム返しで尋ねてくる。

「今夜は……ダメです。シャワーもまだですし、それに……」

「……ねぇ知ってた? 千鶴ちゃん。君って本当に嫌なときは『嫌です』ってちゃんと言うんだよ。たとえ僕が相手でもね」

「えっ……!?」

「今、君は嫌じゃなくてダメって言ったよね? だから……僕はやめないよ。やめてあげられないんだ」

「っ、せんぱ……!」

 千鶴が最後まで言い終えるのを待たず、沖田は千鶴を引き寄せ口づけた。



「っは、千鶴ちゃん……」

「総司せんぱ…… っ……」

 何度も角度を変えて千鶴の唇を味わいながら、沖田は千鶴の身体を服の上から愛撫し始めた。千鶴の柔らかな胸をいささか乱暴に掴んで円を描くように揉みしだき、彼女を追い立ててゆく。

 いまだ今宵の交わりに同意しきれない千鶴は沖田を拒むような仕草を見せるが、深酒で身体に力の入らない千鶴の抵抗など、沖田にとってはないも同然だ。

 長々とした口づけを終えてから、沖田は千鶴の首筋に顔を埋めてきた。ほっそりとしたその場所を味わうように唇を這わせながら、ときおり強く吸ってくる。真夏のこの時期にそんな場所に痕をつけられてはたまらない。千鶴は沖田の興を削ぐべく、彼に声をかけた。

「総司…… 先輩っ……」

「――何?」

「先輩の、口元にグロスが……」

 先ほどの強引な口づけで千鶴のリップグロスが移ったのか、沖田の唇の端がほのかなピンクに色づいていた。

「え? 別にどうでもいいけど……」

 そう口にしながらも沖田は千鶴から身体を離し、自分の唇を親指でぐいっと拭った。そのしぐさが色っぽくて、千鶴の頬が淡く染まる。

 千鶴の素直な反応に気をよくしたのか、沖田は楽しげな笑みを浮かべると、まるで彼女を挑発するかのようにぺろりと舌なめずりをした。

「千鶴ちゃん、続きしよっか」

「そ、総司先輩っ……!」
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