◆薄〇鬼NL小説◆

□【SSL原千←沖】それぞれの夏休み
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「最近の女子はすっげーな!」

「ほーんと、俺も逆ナンとか久しぶりに見たし!」

 自分たちに案内されたカラオケルームに辿り着き、永倉と藤堂はさっそく先ほどの件を話題にしていた。

 永倉たち二人は驚き呆れながらもどこか舞い上がった様子だったが、沖田は違った。不愉快そうな様子でドリンクバーのジュースを口にしながら、吐き捨てるようにつぶやく。

「そう? あんなの単なる挨拶でしょ。ただすごくウザいだけで」

 苛立ちを隠そうともしない沖田に、永倉と藤堂は顔を見合わせる。しかし、さすがの沖田もいつまでもひとり苛立っていても仕方がないと思ったのか、自身を落ち着かせるように小さく息を吐くと、穏やかに苦笑した。

「――それより、平助さっきはありがと」

「……いや、別にいいけどさぁ」

 改めて沖田に礼を言われてむず痒くなったのか、藤堂は照れたように頭を掻く。

「……あんなのでも、女子にキツく当たるの苦手なんだよね。お店の人が仲裁してくれるのが一番楽だし」

「いや、充分キツかったと思うぜ……」

 しおらしくもっともらしい言葉を口にする沖田に、けれど藤堂は呆れてしまう。『じゅーぶんキッパリハッキリ断ってたじゃねぇかっ!』彼がそう思ったかは定かでないが。

 すると、沖田の機嫌が上向いたのを見て取ったのか、永倉が話題に割り込んできた。

「――しっかし、女子ににまとわりついて店員に注意される男は山ほど見たが、その逆はなかなかねぇぜ。もしかしたら初めてかもしれねぇな」

 妙に感慨深そうな永倉の様子に、藤堂はあることを思い出す。

「そういえば、ぱっつあんカラオケバイトしてたんだっけ」

「おう、昔左之といっしょにな〜 金曜の夜は酔っぱらって女子に絡むサラリーマンのオッサンとか、よく取り押さえたぜ」

 懐かしい思い出が蘇ってきたのか、永倉は誰に言うともなく話を続ける。

「それでよぉ、何でか知らねぇけどいっつも俺がオッサン取り押さえる役で、左之が困ってる女子をなだめる役なんだよなぁ」

 その様子はありありと想像できる。永倉自慢の筋肉は質の悪い男への威嚇によさそうだし、当たりが柔らかくそれでいて体格のいい原田は、女子の護衛役にぴったりだ。

 にわかに自分が一方的にライバル視している彼の面白そうなエピソードを聞かされて、沖田の瞳が剣呑な光を帯びる。

「へぇ……」

「……そんで左之はいつの間にか、助けた女子にキラキラした目で見つめられてるしよぉ。俺がその役やりてぇよ、何でいつも俺は酒臭いオッサンの相手で、左之はかわいい女子の相手なんだよ」

 口の端を吊り上げて不自然な笑みを浮かべる沖田には気づかないまま、永倉は不服そうな様子でぼやく。

 そんな彼とは対照的に、藤堂は半ば呆れながらも素直に原田を称えた。

「左之さん、やっぱすっげぇな」

 具体的なエピソードを聞かされて、藤堂は改めて驚かされる。沖田の女子人気もなかなかのものだが、原田も負けてはいない。藤堂の発言に促され、永倉はさらに原田への愚痴を言い募る。

「そうなんだよ、あいつすげぇってかずりぃんだよ。海水浴場でライフセーバーのバイトしてたときもよぉ」

 永倉の口からさらに楽しげな単語が飛び出し、沖田は反射的に食いついてしまう。

「えっ、左之さんに新八さん資格もってるの」

「おう、大学んときに取ってみたんだよ」

「へぇっ、水着の女子にモテたかったの?」

「なっっ! 別にいいじゃねぇか!」 

 目を見開き顔を真っ赤にしながら、それでも否定しない永倉に。沖田はニンマリとした笑みを浮かべて畳みかける。

「それで? 水着の女子にはモテたの?」

 まさに興味津々といった様子で、沖田は永倉の返答を待つ。藤堂も気になるようで、口を挟まないながらも聞き耳を立てていた。

「ああまぁ、左之はな……」

 そこまで口にして、永倉はどこか困った様子で頬を掻くと。誰に責められたわけでもないのに言い訳をし始めた。

「でもよお、俺だって子どもにはモテたんだぜ! 幼稚園児とキッズプールで水かけっこだ。そしたら親御さんがジュースとスイカくれたんだよ。子守のお礼ってな」

 思いのほか微笑ましいエピソードに、藤堂が羨望の眼差しを向ける。

「あーなんかそれすげぇ楽しそう! それでバイト代もらえんならサイコーじゃん!」

 しかし、藤堂のあまりに安易な発言に、すかさず沖田が突っ込みを入れた。

「さすがに子供と遊んでるだけじゃダメでしょ、ちゃんとそのへん見張らないと」

「まぁなぁ」

 沖田のもっともな意見に永倉もうんうんと頷く。さすがに子守だけしてればいいわけじゃない。けれど永倉は藤堂をフォローするかのように話を続ける。

「まあでも、わりと楽しいバイトだぜ。海水浴場はよぉ。

体力ねぇと無理だし、日焼けはすげぇし、酔っぱらいの相手もできねぇとダメだけどな」

「酔っぱらいの相手かぁ……」

 先ほどとは一転、藤堂はあからさまに嫌そうな顔をする。夏の海辺という非日常の空間で。酒に酔って気が大きくなった男連中が、水着の女子グループにちょっかいを出す見苦しい姿が、藤堂の脳裏にありありと浮かぶ。

 嫌な絵面に引きずられそうになるが、藤堂はすぐに鬱陶しい映像を追い払うと、先ほどから気になっていたことを永倉に尋ねた。

「っ、そんなことより! こっちでも新八さんはオッサン取り押さえて、左之さんが女子をなだめてたのかよ?」

「そうなんだよ〜 つか左之はバイト中に歩いてるだけで女子に声かけられるんだよ。さすがにあいつも『仕事中だから』って断ってたけどよぉ。あいつだけ連絡先渡されてて、本当ずりぃよな〜」

 再びぼやく永倉を尻目に、沖田がぽつりとつぶやいた。

「……なんかその話聞いて僕も海でバイトしたくなったんだけど」

 先ほどは逆ナンをすげなく断っていたくせに、意外な発言だ。すかさず永倉は茶々を入れる。

「何だよ。やっぱり総司も女子にモテたいんじゃねぇか」

「まさか! 女の子じゃなくて、子供と遊んでお金もらいたいだけ。新八さんと一緒にしないで」

「うっ……! うぐっ……!」

 見事な返り討ちだ。返す言葉もなく口をぱくぱくとさせている永倉は放置で、沖田は穏やかな笑みを浮かべながら続ける。

「――でもやっぱり面倒くさそうだし、海なら普通に遊びに行けばいいか。またみんなで行きたいよね。この前も平助に拾ったナマコぶつけるの最高に楽しかったし」

「なっ……! 総司っ……! 」

 やにわに矛先を向けられて、今度は藤堂が慌て始める。

 つい先日、皆で出かけたビーチでのことだ。輝く太陽、青い海、白い砂浜。そんな最高の真夏シチュエーションの中で。

 なにが悲しくて男同士で追いかけっこをして、あまつさえ顔面にヌメった黒ナマコをぶつけられなければならなかったのか。

 グロテスクに蠢く青黒い物体を鷲掴みにして輝く笑顔で追いかけてくる沖田を思い出し、藤堂は身震いする。無意識のうちに、ささやかな願いをつぶやいていた。

「……どうせなら、千鶴と追いかけっこしたかったぜ」

 キャッキャウフフ。平助くん、こっちだよ。優しく可憐な彼女が相手なら、きっと平和でスイートな海水浴が……。

「――ん? 平助、何か言った?」

「な、なんでもねぇし!!」

「……ナマコ楽しかったよねぇ、今度は土方さんにぶつけたいから土方さん誘おうか。ナマコと、あと岩場のウニも、拾ってぶつけてやろっと」

 話の雲行きがいっそう怪しくなり、沖田の瞳に不穏な光が宿る。

「そっ、総司! あそこのムラサキウニは採取禁止だぜ!」

 危険を察した永倉は咄嗟にフォローをするが、残念ながらどこかズレており、藤堂は呆れた様子で息を吐く。

「……土方さん、んなことされたらむちゃくちゃキレんだろうなぁ」

 沖田にナマコを投げられて激怒している土方。その姿が容易に想像できてしまうのが悲しい。ウニをぶつけたら、果たしてどうなるのだろうか。

「それが楽しいんじゃない、絶対に顔面にムラサキウニお見舞いしてやるんだから」

 危険すぎる企みをつぶやきながら、沖田は妙な情熱を燃やし始める。背後に黒い炎が立ちのぼり、緑の瞳が剣呑な光を帯びる。

「なぁ、総司……。プールにしねぇか? さすがにウニはやべぇだろ……」

 これはまずいと永倉は沖田を止めようとするが、こうなってしまった沖田が止まるはずもない。

「ダメ、ぜっったい海。海以外認めないから」

 カラオケに来たというのに歌も歌わず。ドリンクバーのジュースを飲みながら、沖田に永倉に藤堂の三人はずっとお喋りに興じていた。



***



 窓の外には青い空が広がっている。ベッドサイドに腰を下ろして、買ってきた缶チューハイをちびちびと呑みながら、原田は室内の置時計に目をやった。時刻はやはり、もう夕方近くだった。日の長い夏は遅い時間になっても空は青いまま。

 貧血の倦怠感で苦しむ千鶴を寝かしつけてから、原田はベッドを抜け出しひとり買い出しに行ってきたのだった。

 ドラッグストアで千鶴用のスポーツドリンクと自分用の酒とおつまみを購入し、戻ってきてからは寝込んでいる千鶴の部屋に軽く掃除したり、その後は彼女の可愛い寝顔を眺めながら一杯やったりと、そんなことで時間を潰していた。

「……放っておかれるのはちょっと寂しいが、これもまた乙なもんだよな」

 穏やかに苦笑しながら、原田はぽつりとつぶやく。すやすやと眠る千鶴を見つめながら呑む酒は不思議なほど旨く、彼女が先に寝てしまったときは、原田はこうして一人で酒を楽しむこともよくあった。

 数時間の睡眠でしっかりと休養できたのか、千鶴の顔色はすっかり良くなっていた。紙のように白かった頬にも、自然な血色が戻っている。

「さて、そろそろ起こすか。あまり昼間に寝すぎると夜眠れなくなっちまうもんな」

 そこまで口にして、原田は立ち上がり千鶴の眠るベッドに向かう。

「――おい千鶴、そろそろ起きようぜ」

 小さな肩をゆすってやりながら原田は優しく声をかけるが、思いのほか眠りが深いらしく、千鶴はなかなか起きてくれない。

「……ったく、しょうがねぇな」

 眠る姫君を起こす方法といえばやはりこれだろう。原田は千鶴の唇にそっと口づける。彼女が反応を示すまで、何度も、何度も。

「――おい、男にこんなことされてんのに、何で起きねぇんだよ。お前は……」

 もう七度目を終えて、彼女の鈍さに思いがけず不安を覚えて。今度起きなかったら呼吸を奪う大人のキスでもしてやろうかと、原田が短気を起こしかけたそのとき。千鶴がゆっくりと瞬きをした。

「……? 左之助さん……?」

 まだ焦点の定まらない瞳で、可愛い恋人に甘い声で名前を呼ばれて。機嫌を直した原田は満足げな笑みを浮かべる。

「――よ、少しは元気になったか?」

 目覚めたときに、数センチ以内の距離に大好きな原田がいる。千鶴はその幸せを噛みしめて、頬を染めて微笑んだ。

「……はい」

 照れたような可憐な笑みは、先ほど自分が原田にどのようにして起こされたのか、気がついているようで。薄桜学園メンバーのそれぞれの夏休みは、まだもう少し続く予定だ。





END


以下あとがきです
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